約 1,869,253 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7126.html
前ページ次ページゼロの黒魔道士 ルイズおねえちゃんは、正直に言ってしまうと、口を開ければ小言が多いし、 余計な意地を張っちゃって、あんまり良いことが無いなぁって、思うことが数えきれないぐらいある。 「きみは、上流階級の子じゃないか?」 ……だから、ルイズおねえちゃんの『ずっと黙っている接客』は大正解だと思うんだ。 ルイズおねえちゃんは、貴族の子達の中でも、礼儀作法とかは1番ぐらいに厳しいから、 黙って一礼するだけ、とか、ちょっと後ろに下がるだけ、とかでハッとするほど綺麗に見える。 「とある貴族のお屋敷にご奉仕していたとか?そこで行儀作法を仕込まれたんだろ?」 お客の男の人は、黙ってるルイズおねえちゃんを見て、あれこれ想像してるみたいだ。 ルイズおねえちゃんは、ただただ、にこやかに笑って黙っているだけ…… うん、そうやって黙っていると、ルイズおねえちゃんが本当は持ってるはずの優しさとかが出てきて、 お客さんにもウケがとってもいいみたいだ。 「君みたいな可愛くておとなしい子が奉公していたら、ただじゃすまんだろ。 行儀作法だけでなく、あんなことや、こんなことまで……。 仕込まれそうになったりしたんじゃないのかね?」 ……どうでもいいかもしれないけど、このお客さん、流石に想像力がありすぎ、じゃないかなぁ? もしかしたら、お芝居の台本を書くお仕事してる人かもしれない。 何か、自分の言っていることに興奮してくるところとか……すっごく“芸術家”っぽいと思うんだ。 「く!ひどい話だね!きみみたいな可愛い子に……。 でも、どうして奉公していたきみがこんな店で……、そうだ!分かったぞ! あんなことやこんなことを仕込もうとする無体な旦那に嫌気が差してお屋敷を飛び出したんだな? でも、両親が残した借金が残ってる。それを返すために必死で働いてる。そんなとこだろ!」 ……なんか、ボクまでルイズおねえちゃんが可哀想に思えてきた…… すごいお話作るんだなぁ、このお客さん…… 「なんて可愛そうな子なんだ。ふむ、じゃあこれをその借金の返済にあてなさい。 ところで、その、あんなことやこんなことって、どんなことだね?話してみなさい。いいね?」 ……でも、そのお客さんのお話はそこで終わりだった。 ルイズおねえちゃん、チップだけもらったら、一目散に逃げてきちゃった…… 流石に、それって接客としてどうなのかなぁ……? 「……ハァ、ハァ」 緊張してたのか、急に走って疲れたのか、ルイズおねえちゃん、ものすごく息切れしてたんだ。 「やるじゃねぇか、娘っ子!黙ってりゃいい女、ってか?ケケッ!」 「ルイズおねえちゃん、お疲れさま……はい、お水」 最初っから終わりまで厨房で見てたから、疲れてるだろうなって思って、お水用意しといて良かったって思った。 「ありがとね……ふはぁ~! あ、あったりまえじゃない!チョロいわよ、チップなんてね!ふんっ!」 そうは言っても、ルイズおねえちゃん、とっても嬉しそうだった。 こんなにいっぱいチップをもらえるなんて初めて、だもんね。 さっきのお客さん、ホント気前がいいなぁって思うんだ。 あ、そういえばさっきのお客さんと言えば…… 「ルイズおねえちゃん?あの、ね……」 「ん?どうしたのよ、ビビ?」 「……『あんなことや、こんなこと』って……何?」 ……ペコッて持ってたコップではたかれちゃった…… どうしても意味が分からなかったから聞きたかったんだけどなぁ……? ……今度コルベール先生にでも聞いてみよっかなぁ……? ゼロの黒魔道士 ~第五十幕~ いかにして彼等はその地に立ったか 「ふ~ん。調子出てきたじゃないの、あなたの“お姉ちゃん”」 「あ、ジェシカおねえちゃん……はい、お水」 ルイズおねえちゃんが次のお客さんに取り掛かったすぐ後に、ジェシカおねえちゃんが厨房に顔を出してきたんだ。 「ん!気が利いていてよろしい! っふぅ~!生き返るわ~……」 今日は、暑いから、みんなお水ですっごく喜んでくれるのが嬉しいなって思うんだ。 「最後にみんな追い上げてきちゃったし、こりゃお姉さんもうかうかしてらんないねぇ! あ、これ3番さんね?よし、丁度いいわ!もうちょっと頑張ってくるわね~!」 「いってらっしゃ~い……」 それにしても、ジェシカおねえちゃんって、すごいなぁって思うんだ。 テクニックとか、色々と…… 「おいおいなんだジェシカ。機嫌が悪いじゃないか!」 「さっき誰と話してたの?」 例えば、今行った3番テーブルのお客さん、ちょっと他の店員さんと話していたのをきっちり見つけて、 ちょっと力をこめてテーブルに料理を叩くように置く。 すごい演技力だなって、思うんだ。 まるで……ホントにヤキモチを妬いているみたいに見えてしまうんだ。 ボクも、最初に見たときは騙されそうになった。 (そのときに「あの人のことが好きなの?」って聞いたら、思いっきり笑われちゃったんだ……) 「な、なんだよ……機嫌直せよ」 「別に……、あの子のことが好きなんでしょ」 「ばか!一番好きなのはお前――」 ……これで、このお客さんは、ジェシカおねえちゃんの機嫌を直そうとチップを多目に出してしまうんだろうなぁ。 ジェシカおねえちゃん、役者さんも十分できそうだなって思うんだ。 ……ルイズおねえちゃん、勝てるのかなぁ?こんなスゴい人相手に…… ・ ・ ・ 「これはこれは、チュレンヌさま。ようこそ『魅惑の妖精』亭へ……」 騒がしかったお店が、急に静まりかえる。 お店に入ってきたのは、沢山の男の人達…… 「ふむ。おっほん!店は流行っているようだな?店長」 そして、その先頭に立っていたのは、ヘッジホッグパイみたいにでっぷりと太ってて、 髪の毛が海藻みたいにベットリと頭に張りついている貴族の人だった。 ……なんか、顔つきがニヤニヤとしてて感じがすっごく悪い。 「いえいえ、とんでもない!今日はたまたまと申すもので。いつもは閑古鳥が鳴くばかり――」 「……店長さん、どうしちゃったんだろう?」 いつも豪快な店長さんが、ペコペコと頭を下げてばっかりだ。 「ぁ~ん?いかにも俗物ってぇ声だなぁ。どーせ木端役人の類だろーぜ?」 ……お役人さんって、そんなに偉いのかなぁ……? 「なに、今日は仕事ではない。客で参ったのだ」 「お言葉ですが、チュレンヌさま、本日はほれこのように満席となって――」 「私には、そのようには見えないが?」 どうも、その役人さんの後ろにいる人達も貴族の人みたいだった。 お役人さんがチラッと目配せをしたら、一斉にギラギラと趣味の悪いぐらい光る杖を引き抜いて、周りのお客さんを威圧したんだ。 ……他のお客さん、その迫力に圧倒されちゃったのか、みんな逃げちゃった…… 料理やお酒、まだ残ってるのに……もったいないなぁ…… 「どうやら、閑古鳥と言うのは本当のようだな。ふぉふぉふぉ!!」 頭の上に乗っかっている藻と同じぐらい、ベットリとした声で笑うお役人さん。 うーん……これは、流石に、“なんとなく”、なんてもんじゃなくて…… 「……すっごく感じ、悪いね……」 「ほんっと、感じ悪いわよね」 ボクの意見に、いつの間にか厨房まで逃げてきていたジェシカおねえちゃんが同意した。 「あ、ジェシカおねえちゃん……あの人、誰?」 「このへんの徴税官をつとめているチュレンヌって豚よ。 ああやって管轄区域のお店にやってきては、わたしたちにたかるの。いやなやつ! 銅貨一枚だって払ったことないんだから!」 ……ちょーぜいかん……ちょっと、どういうお役人さんかはよく分からないけど、 とにかく、自分の担当している地域で悪いことをしているお役人さんってのはよく分かった。 「俗物どころか金の豚ってなとこか、なるほどなぁ」 「貴族だからっていばっちゃって! あいつの機嫌損ねたら、とんでもない税金かけられてお店が潰れちゃうから、みんな言うこと聞いてるの」 お店が潰れちゃうんだ……嫌な奴だけど、それだと言うことを聞かなきゃいけないんだろうなって思った。 こんなに活気があって、みんなが楽しくお仕事をしているお店が潰れるなんて、もっと嫌だしね…… 「おや!だいぶこの店は儲かっているようだな!このワインはゴーニュの古酒じゃないかね? そこの娘が着ている服は、ガリアの仕立てだ!どうやら今年の課税率を見直さねばならないようだな!」 ……でも、これはやりすぎ、だと思う。 何より、貴族の人らしい、ルイズおねえちゃんにあるような上品さの欠片も無かった。 「ほらほら!女王陛下の徴税官に酌をする娘はおらんのか!この店はそれが売りなんじゃないのかね!」 「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんか――」 チュレンヌの言葉に、ジェシカおねえちゃんが苦々しくつぶやいた。 「――しそうな娘っ子、1人だけ心当たりあるぜ?」 「あ」 ……デルフの言うとおり、確かに、1人だけ、そんなチュレンヌにお酌をしそうな人がいたんだ…… 「なんだ?お前は?」 「お客様は……、素敵ですわね」 ……ルイズおねえちゃんって、ときどきスゴいって思うんだ。 教科書とかマニュアルとかをきっちり暗記したりするのもスゴいんだけど、 それをどんなときでも、そのとおりに言ったりやったりしてしまうことがスゴいって思う。 ……何も、こういうときに限ってきっちりやらなくてもいいとは思うけど…… 「なんだ!この店は子供を使っているのか!」 ルイズおねえちゃんは、黙ってニコニコしてた。 ……スゴい。1週間前のルイズおねえちゃんとはまるで別人だった。 1週間前だったら、“子供”って言われただけで、そこら辺のワイン瓶で殴りかかってたと思う。 「ほら、いったいった!子供に用はない。去ね!」 ……そして、殴りかかってなくて良かったって思う。 嫌な奴だけど、お店が潰されるのは困ってしまうし…… 「なんだ、よく見ると子供ではないな……ただの胸の小さい娘か」 ……なんで、このチュレンヌってお役人は、こうルイズおねえちゃんにクリティカル攻撃してしまうんだろうなって思うんだ。 ボムが自爆する前にプクッて膨らむみたいに、ルイズおねえちゃんの気迫をむわって感じた。 「どれ、このチュレンヌさまが大きさを確かめてやろうじゃ――」 チュレンヌの手がわきわきと、まるで虫の足みたいに嫌な動きでルイズおねえちゃんに触れようとした瞬間、 ドンッと大きな音がして、真ん中のテーブルに料理の乗ったお皿がおかれた。 あんまりにも大きな音で、チュレンヌも周りの軍人さんもビクッとするぐらいに。 ……ボクも、ほんのちょっぴり、ビクッてした。 「――料理、お持ちした」 その料理を運んで来たのは、メガネの店員さん……ルイズおねえちゃんのちょっと前にお店に入ってきたらしい、あの新人さんだ。 無口で、あんまり愛想が無くて、チップがあんまりもらえていない、あの新人さんだった。 ……初めて声聞いたけど、なんか聞き覚えがあるような……? 「き、君なぁ、私が今から楽しもうと言うときに――ははぁん、そうか!君もお楽しみの輪にくわわりたいと、そういうことか!」 「……」 「ふむふむ、黙っているとみると、肯定かな?ふふふ、メガネの下はどんな美人かなぁ?こっちの洗濯板よりよっぽど楽しめそ――」 「……洗濯板はないんじゃないの?」 ボムの、自爆。 ……昔は、アレほど怖いものは無いやって思ってたけど、 そんなの、まだまだ全然だなぁって、この時思ったんだ。 お店のテーブル、料理、椅子、壁…… 色んな物が消し飛ぶ大爆発。それも続けざまに、沢山。 ……ルイズおねえちゃん、『エクスプロージョン』って魔法、詠唱するのがすっごく速くなったんだなぁ…… 「ひ!ひぃいいいい!」 ルイズおねえちゃんにクリティカルな攻撃を続けていたチュレンヌが、一番怖がっていた。 「なんでそこまで言われなくちゃならないの?この私がお酌してあげたのに、洗濯板はあんまりじゃないの?覚悟しなさいよね!」 なおも、爆発が続くという宣言をして、杖をチュレンヌに差し向ける。 さっきまでチュレンヌと一緒になって驚いていた軍人さん達も、 冷静になったのかルイズおねえちゃんに向けてギラギラ光る杖を何本も向けようとしている。 「……デルフ!」 「おうよ!久方ぶりの俺様大活躍ぅっ!」 流石に、もう黙って見ているわけには、いかなかったんだ。 ルイズおねえちゃんが、このまま暴れるのも良くないし、 かといって、ルイズおねえちゃんが傷つくのは絶対に見たくない。 とりあえず、この場を止めなくちゃいけない。 ……止めた後、『お店は潰さないでください』って謝って、なんとかしてもらおうって、思ったんだ。 そう思って、デルフを片手に厨房から飛び出した直後に…… 「え、えぇぇい!何をボサッとしておる!そ、そこの娘をただちにひっとら……え?……て……お前達ぃいいいい!?」 「あれ?」 「おん?」 それは、あっという間の光景だったんだ。 軍人さんが、空に舞い散ったと思ったら、その真ん中にいたのは、メガネの新人店員さん…… 「……税の過剰徴収並びに私有化、兵の私有化、徒党を組んでの弱者迫害、並びに女性に対する不届き千番……」 低く、呪文を唱えるように、新人さんはチュレンヌの悪行を言っていく…… バタバタと、まるで本棚の上のホコリを払ったときのように、軍人さん達が落ちていくその真ん中で、 新人店員さんが静かにメガネを外した。 あれ、この顔って…… 「え?ちょ、あ、あの、え、私は、女王陛下のちょちょちょ徴税官であるぞ!」 「女王陛下直下の銃士隊、アニエス・シュバリエ・ド・ミランが許さぬ!!」 長い金髪のカツラを外して、どこに隠していたのか、紋章入りの銃をチュレンヌに突きつける新人店員さん、いや…… 「じゅ、銃士隊っ!?女王陛下直下!?」 「あ、アニエス先生!?」 店員さんがアニエス先生で新人さんで妖精さんで?な、なんか混乱してきちゃった…… ・ ・ ・ 「――なんで、こんなところに?」 チュレンヌや、それ以外の軍人さん達を縄で縛りながら、ルイズおねえちゃんがアニエス先生に聞いたんだ。 「……それは、こちらのセリフだ。何故お前らがこんなところにいる?」 アニエス先生は、いつもの鎧とマント姿じゃなくて、 ルイズおねえちゃんと同じ服の、色違いのスミレ色のものを着ていた。 なんか、ちょっと新鮮に見える。 「え、えっとー……ボク達は……」 「よりによって!なんでこんなところにいるのだ!」 ……なんでだろう、さっきからアニエス先生がすっごく焦ってるように見える…… 「え?え?」 「貴族であることを良いことに、悪さをしているという腐った輩を捕まえる任務と聞いて志願すれば? よりにもよって恥ずかしい服装で客に色気だの愛想だのをふりまかなくてはならない潜入任務? 変装をしたとはいえ知り合いが来て露見するのを恐怖に怯えていたら?何でお前達が同じ店に?何故だっ!?」 ……何故だ、って聞かれても、ちょっと答えに困るし、 流石に「お姫さまからの任務用にもらったお金を使い果たしちゃったから」っていうのは言いにくいし…… アニエス先生はすごい剣幕で怒ってるから何も言えないし…… 「え、えっと、あのー……」 「せめて目指す獲物が来なければ、バレない内に店を変えて待ち伏せしなおすつもりでいたら? なんでよりによってこの屑はこの店に来てしまうというのだ!?あぁ、もうっ!!」 アニエス先生、なんでそんなにイライラしてるんだろう……? 服、似合ってるんだけどなぁ……? 「――偶然って、恐ろしいもんだぁな」 ルイズおねえちゃんと、デルフは同情したように、アニエス先生の言葉にうなずいている。 ……ボクだけ、アニエス先生の気持ちが分かってあげられないのは、ちょっと悲しかった。 「――ルイズっ!!」 「は、はひ!?」 アニエス先生がものすごい剣幕のまま、ルイズおねえちゃんをにらんだ。 ……ものすごく、怖い。 「……お互い、この店にいたというのは、その……秘密にしないか?」 「――大賛成、ね」 「――交渉成立だな」 目と目で、分かりあって、ルイズおねえちゃんとアニエス先生がガシッと握手した。 ……言葉が無くても分かりあえるって、良いなぁって思うんだ。 ボクも、もっとアニエス先生やルイズおねえちゃんのことを分かろうって、そう思った。 「――……あれ?おい、ちょっと?おれっちの活躍の場は!?」 ……デルフの気持ちは、なんとなく分からないでも無いんだけど、ね。 ピコン ATE ~青竜は荒野を越えて~ 「きゅいきゅいっ!!」 翼が、もぎ取れそうだった。 「きゅいぃぃ!!」 風の刃が、身を貫くように、刺さる。 「きゅい、きゅいぃっ!!」 それでも、彼女は、懸命に、疾く飛んだ。 タバサが地に伏した直後、あのエルフに真っ先に食らいついた。 後先を考えず、ただ、怒りに身を任せて。 結果など、分かっていたはずだった。それでも、戦わずにはいられなかった。 「魂まで蛮人に売り渡したか、韻竜よ。使い魔とは、哀しい存在だな」 違う。それは決して哀しいことなんかではない。 主を助け、主を守り、主と共に歩むこと。それこそが使い魔なのだ。 シルフィードは、エルフに片手で制されながら、そう思った。 思った直後に……頭に衝撃を受け、昏倒した。 エルフの前では、韻竜も赤子にしかすぎないというのであろうか? 目を覚ますと、エルフの姿も、お姉さまの姿も、影も形も存在しなかった。 「きゅぃいいいい!!!」 叫んだ。哀しい、叫びだった。 消えた主の手掛かりを求めるように、風に叫んだ。 ……そして、意外なことに、手掛かりはすぐに見つかった。 地に落ちた、血の痕。 それと、風に乗って香る、ハシバミ草やムラサキヨモギの香り。 それは、間違いなく、彼女の主の痕跡だった。 シルフィードは、飛んだ。 そのワザとらしいタバサの足跡を、罠と知りながらも、 彼女は、疾く飛んだ。 全ては、彼女が使い魔であるために。 何時間飛んだか分からない。 太陽が傾いて、沈み、また昇った。 夏の日差しが彼女の体力をさらに奪い取ろうと真上に来たときに、彼女は見つけた。 それは、砂に囲まれた、要塞。 それは、彼女の主を封じ込めた、悪魔の城。 そこから香るは、タバサの血と、彼女の好む香草の香り。 シルフィードは、考えた。最善手を。 本能は、今すぐにでも城に乗り込みたかった。 だが、ここには、あのエルフがいる。 彼女を赤子のように軽く片づけた、この地で最も恐ろしき存在が。 そして、彼女が考えた最善手は…… 「きゅいきゅいっ!!」 翼が、もぎ取れそうだった。 「きゅいぃぃ!!」 風の刃が、身を貫くように、刺さる。 「きゅい、きゅいぃっ!!」 それでも、彼女は、懸命に、疾く飛んだ。 彼女が考えた最善手、それは。 「きゅぃっ――ビビちゃんっ!お願いっ!!」 死の淵から帰ってきた、奇跡のスーパー精霊さん。 心優しき、彼女のお友達。 彼に頼ること、それが彼女の考えうる、最善手だった。 体力も限界で、涙も涸れ、向かい風に目が乾く。 それでも、青竜は荒野を越え、トリステインを一直線に目指した。 全ては、彼女の主を助けるために。 全ては、彼女の友を助けるために。 前ページ次ページゼロの黒魔道士
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4554.html
*自分が書く際にイメージソングとして聞いている曲です。素直にキャラソン聞けや、って突っ込みは却下で(ぁ ルイズ メインテーマ 「Resolution」(機動新世紀ガンダムXop by ROMANTIC MODE) 「First Kiss」(ゼロの使い魔op by ICHIKO) シエスタ メインテーマ 「乙女はDo my BESTでしょ?」(舞-乙HiMEed by 菊池美香&小清水亜美) 「just be with you」(angel breath op by佐倉紗織) タバサ メインテーマ 「Crystal Energy」(舞-乙HiMEop by 栗林みな実) 「true my heart」(NurseryRhyme op by 佐倉紗織) ティファニア メインテーマ 「HONEY」(こいいろChu!Lips op by佐倉紗織) アンリエッタ メインテーマ 「スクランブル」(スクールランブルop by 堀江由衣withUNSCANDAL) アニエス メインテーマ 「夢想歌」(うたわれるもの op by Suara) 暴走用 「がちゃがちゃきゅ〜と・ふぃぎゅ@メイト」(byMOSAIC.WAV) せんたいさんに相談も無く勝手に更新!! 需要有るかなっ?て…… ルイズ メインテーマ 「Resolution」(機動新世紀ガンダムXop by ROMANTIC MODE) 「First Kiss」(ゼロの使い魔op by ICHIKO) シエスタ メインテーマ 「乙女はDo my BESTでしょ?」(舞-乙HiMEed by 菊池美香&小清水亜美) 「just be with you」(angel breath op by佐倉紗織) タバサ メインテーマ 「Crystal Energy」(舞-乙HiMEop by 栗林みな実) 「true my heart」(NurseryRhyme op by 佐倉紗織) ティファニア メインテーマ 「HONEY」(こいいろChu!Lips op by佐倉紗織) アンリエッタ メインテーマ 「スクランブル」(スクールランブルop by 堀江由衣withUNSCANDAL) アニエス メインテーマ 「夢想歌」(うたわれるもの op by Suara) 暴走用 「がちゃがちゃきゅ〜と・ふぃぎゅ@メイト」(byMOSAIC.WAV) http //www.nicovideo.jp/watch/sm350550 -- 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3820.html
474 :聖女の日〜アンリエッタの場合 ◆mQKcT9WQPM :2007/02/13(火) 02 28 20 ID nMVwfb7q 「…んあ?」 俺は中庭から聞こえる喧騒に久しぶりの寝坊の時間を中断された。 …久しぶりにルイズがいなくて、朝ゆっくりできると思ったのに…。 窓の外から、やむ事のない喧騒が聞こえてくる。 …ったく、なんだってんだ…。 俺は寝ぼけ眼をこすりながら、窓の外から中庭を見下ろす。 そこには、学院の生徒の半数以上が集まっていた。 その中心には、どこかで見た白い馬車。 …あれ、あの紋章は…。 俺が、記憶の中からその紋章を掘り起こしていると。 「大変だぞサイトーっ!」 ノックもなしにドアを開け、ギーシュがやってきた。 突然、アンリエッタ女王がトリステイン魔法学院に来訪した。 その衝撃は瞬く間に学院を覆った。 才人もギーシュに誘われるまま、中庭の人ごみの外周にやってきた。 今にも降り出しそうな曇天にも関わらず、中庭には結構な数の男子だけでなく、女子生徒までもが詰め掛けていた。 「『聖女の日』に女王自らここへやってきたということはだな! ひょっとすると学院の男子生徒の中に、想い人がいるかもしれないというわけで!」 羽虫程度なら吹き飛ばせそうな鼻息でそうまくし立てるギーシュ。 対照的に冷静なのがレイナールだった。 「『聖女の日』の贈り物は、送る側から直接手渡されたんじゃ意味のないことを忘れたのかい? それは取りも直さず『義理』ってやつじゃないかな?」 レイナールの補足説明によれば、『聖女の日』には、好きな相手以外に、普段からお世話になっている殿方に、直接贈り物をする事もあるらしい。 直接手渡すことによって、『私はあなたのこと好きでもなんでもないですよ』と意思表示すると同時に、いつもお世話になっている感謝の気持ちを表現しているという。 まんまバレンタインの義理チョコと一緒だなあ…。 才人がそんな風に思っていると。 今にも崩れそうだった空から、ぽつぽつと雨の雫が零れ落ちてきた。 「…酷くなりそうですね。ホールに案内していただけるかしら」 人ごみの中心の女王は傍らのオスマンにそう語りかけ、ホールへの移動を宣言した。 オスマンの先導で、女王一行と、生徒たちの塊が、ホールへと向かっていく。 「さあ、僕たちも行こう、サイト!」 「あ、ああ」 まだ興奮の冷め遣らないギーシュが、才人の腕をぐいぐいと引っ張る。 降り出した雨の中、才人はギーシュに引きずられる形で人ごみに着いていったのだった。 「水精霊騎士団は前へ」 ホールにつくと、お付で来ていたらしいマザリーニさんが、そう宣言した。 呼ばれた俺たちは、人ごみを掻き分けて姫様の前に出る。 …全員いるじゃねーか…。 まあ、女王の近衛としては当たり前なんだろうけど、俺には全員がここにいる理由が、アイドルの野野次馬に出てきたパンピーと同じものだと推測できた。 …だって、誰一人としてきちんと正装してないんだもんな。 もちろん寝坊してた俺もだけどッ! そんな風に俺がちょっと空しくなっていると、マザリーニさんが整列した俺たちに言った。 475 :聖女の日〜アンリエッタの場合 ◆mQKcT9WQPM :2007/02/13(火) 02 29 05 ID nMVwfb7q 「聖女の日ということで、近衛である君たちに感謝の気持ちを示したいと、陛下がおっしゃってな」 マザリーニさんの台詞とともに、姫様が一歩前に出てきた。 「お口に合わないかもしれませんが…一生懸命焼いたんですよ」 姫様が手にしていたのは、小さな紙の包みがたくさん入った、バスケット。 匂いから言って、中身はクッキーかな? しっかし、全力で『義理!』って感じだなコリャ。 姫様は緊張と感激でカチコチになっているギーシュにまず、その包みを一個、手渡した。 「はい、騎士団長どの。いつもお疲れ様です」 言って、にっこり微笑む。 「へへへへへへ陛下の!陛下の手作りくっきぃぃぃぃぃぃぃ」 手渡されたギーシュは、感謝の言葉を返すのも忘れて、卒倒してしまった。 …なんつーかな。オーバーすぎないコイツ? でも、ギーシュの反応はちょっと行き過ぎにしても、他の団員たちも大差のない反応をしていた。 みんな一様に緊張し、クッキーの包みを受け取っている。 俺にはよくわかんないけど、王様と貴族に一子弟には、そんだけ身分の差があるってことなのかな。 …民主主義で育った俺には全くワカラン。 そうこうしていると、俺の番が回ってきた。 姫様はにっこり笑い、俺の目の前に紙の包みを差し出した。 「はいどうぞ、シュヴァリエ・サイト」 …? 俺は、姫様のその笑顔に、妙な違和感を覚えた。 しかし受け取らないわけにもいかず、俺は手を出す。 しかし。 「あっ」 俺が手を差し出す直前、手を滑らせたのか、姫様は包みを落としてしまった。 俺は慌ててしゃがみこんでそれを拾おうとする。 するとなんと、目の前の姫様も、同じように包みを拾いにしゃがみこんだのだ。 するってえと、俺と姫様の距離がすごく近くなるわけで。 具体的には、吐息がかかるくらい。 ドキっとした俺に、姫様は小声で言った。 「…部屋に帰ったら、ドアの前を確認しろよサイト」 …え? しゃがんだまま俺の動きが止まる。 今のしゃべり方。まさか。 アニエスさんーーーーーーーーー!? てことは何か、今俺の目の前にいるのは! 姫様に化けたアニエスさんかーーーーーーーーーーーーーー!! そういや前妙な薬で別の娘に化けてたっけアニエスさん。 俺は妙に納得し、目の前の姫様inアニエスさんから、包みを受け取った。 アニエスさんは一瞬で姫様の演技に戻ると、立ち上がって言った。 「あらあら。とんだそそうをしてしまいました。すみません次の方」 そう言ってにっこり笑い、何事もなかったかのように次の騎士団員に、包みを手渡していった。 …しかし、なんでアニエスさんが…。 その疑問を口にするチャンスは、結局姫様に化けたアニエスさんが、学院を去るまでなかった。 476 :聖女の日〜アンリエッタの場合 ◆mQKcT9WQPM :2007/02/13(火) 02 29 39 ID nMVwfb7q 才人がルイズの部屋に戻ると。 そのドアの前に、小さな包装された箱が置いてあった。 …アニエスさんの言ってたのってこれか? 才人は箱を手に取り、部屋の中に入る。 部屋に入ると、デルフリンガーが出迎えてくれた。 「おかえりー、相棒ー」 出迎えといっても、立てかけられた部屋の壁から、声をかけるだけだが。 才人はただいま、と言葉を返すと、早速扉の前にあった小箱を開けてみる。 中にあったのは、小さなハンカチ。 隅っこに、トリステインの紋章の書かれた盾の刺繍。 広げると、その隙間からひらひらと、小さな紙が舞い落ちた。 その紙には一面に、文字らしい象形の列。 「…俺字読めないのに…」 贈り主の間抜けさに、才人はため息をつく。 仕方がないので、才人はデルフリンガーに通訳を頼んだ。 「デルフ、これなんて書いてあんの?」 紙きれを広げ、デルフリンガーに見せる才人。 デルフリンガーはそれを律儀に読む。 「えーっとだな。 『トリステインの盾へ。ありったけの愛を込めて。 学院の、一緒にシチューを食べた思い出の場所で、待ってます。ずっと、ずっと』 だってよ。差出人の名前はないぜー」 …え。 今までの出来事で贈り主の予想はだいたいついていた。しかし。 才人は慌てて窓の外を確認する。 大粒の雨が、容赦なく地面を叩いている。 …思い出の場所って…! 才人は、デルフリンガーに律儀に礼をすると、マントをひっつかんで慌てて部屋を飛び出していった。 外は、まさにバケツをひっくり返したような大雨だった。 …まずい、こんな雨の中ずっと待ってたりしたら…! 俺は、必死に『その場所』めがけて走る。 厨房の方へ向けてしばらく駆けると。 少し小高くなった芝生の上に、容赦なく雨が叩きつけられている。 その上で。 まるで、着衣のままシャワーをあびているように、天を仰ぎながら。 そこにいたのは、黒髪の、足にぴったりしたズボンをはいた。 『アン』だった。 543 名前:聖女の日〜アンリエッタの場合 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/02/15(木) 21 18 08 ID 8cLIjhEv 「なにやってんだっ!?」 才人は渡り廊下の屋根の下から飛び出て、そのままの勢いでマントを脱ぐ。 すぐにそこへ辿り着いた才人は、そのマントでアンを雨から守る。 「サイトさん…来てくれたんだ」 頬を伝う雨を気にも留めず、にっこり笑い、アンはそう言う。 「もし、俺が来なかったらどうするつもりだったんだっ?」 才人の問いに、アンはうれしそうに笑い、 「もしそうなら、私は風邪をひいていたでしょう。でも、そうならなかった」 そして、びしょ濡れのまま、才人に抱きついた。 「来てくれた…!サイトさんは、来てくれました…!」 そのまま才人の胸の中で泣きじゃくるアン。 才人はそんなアンを優しく抱きしめる。 涙のせいだけではないだろう。その身体は大粒の雨に冷やされ、震えていた。 「と、とにかくどっか入って服乾かそう、な?」 そして才人が目をつけたのは、厨房から少し離れたところにある、物置代わりの納屋だった。 俺は納屋に入るとまず、ランプを探した。 入り口脇にそれはあり、火口箱と一緒に置いてあった。 俺は種火を起こすとランプに火を移し、納屋の中を照らす。 納屋の床は土間で、辺りには使わない物を 収めた木箱やら、古くなった布やら、錆びた鍋やらが無造作に積まれている。 アンは、納戸の入り口にいた。 俺のマントを羽織っているとはいえ、雨に濡れた寒さで小刻みに震えていた。 …急がないと、二人とも風邪ひくな。 俺は納屋を見渡して、火の移りそうな木片をかき集めると、土間の中心にかき集めて、 ランプからぼろきれに火を移して、その上に置いた。 …こっちに来て、色々覚えたよなぁ、俺…。 日本じゃ、火を起こしてランプに火をつける、なんてやんなかったもんな。 なんて考えていると、アンがかわいいくしゃみをした。 …ヤベ。 俺は木片に火が移り、焚き火の体裁をもってきたのを確認すると、アンを納屋の中に引き入れた。 …さて。 俺はアンに背を向けながら、言った。…まあいまさらだけども、こういうのはケジメが大事だし。 「…あのさ、服脱いで乾かそう。このままだと二人とも風邪ひくし。 俺アッチ向いてるからさ」 俺はアンの返事も待たずに服を脱ぎ始める。 しかし、それは無理になった。 アンがいきなり背中から抱きついてきたからだ。 ってか濡れた素肌のやわらかいマシュマロが俺の背中でビッグバンアタックしてるんですけどっ!? 「…あ、あのー?抱きつかれると脱げないんですけど?」 いやまあここで言うべきはそうじゃないのは分かってるんだけど! 今俺の頭の中では、理性が最強の本能と地球最後の大決戦を繰り広げていたのである。 アンはそんな俺の葛藤を知ってか知らずか、密着したまま俺の背中から語りかけてきた。 「…サイトさん。聖女の日の曰くは、知っていますか?」 …ってーとアレか、贈り物の贈り主が分かったら真実の愛がどーのこーのって。 「…知ってますよ」 俺の答えとともに。 アンが俺の身体をより一層強く抱きしめた。 いやまってまってまって!そんな強くひっついたら! ってさきっちょ硬くなってんじゃんーーーーーーーーーーーーーーーーー! も、も、も、も、もうだめだぁ。 俺が納屋の天井をあおいで酸素不足の金魚みたいにぱくぱくしていると。 「サイトさんは、あの贈り物が私の物だって、わかったんですよね…?」 アンは急に、手を離してきた。 その声が少し震えているのに気づいた俺は、アンを振り返る。 アンは、俺を不安そうに見つめていた。 雨に濡れた髪が、素肌が、濡れて透き通った上着が。 焚き火の橙色の明かりに照らされて…まるで、生きた彫像のように見えた。 そして、俺は…。 サイトさんが、私をぎゅっと抱きしめてくれた。 濡れて冷え切った服の上から、彼の体温が染み込んで来る…。 私の中の不安が、どんどん溶けていく…。 もし、私が贈り主だって分からなかったら。 もし、気づいても来てくれなかったら。 雨に打たれながら、ずっとそんなことを考えていた。 その不安は雨と一緒に、私の中に降り積もって…。 雪のように、私の心を冷やしてしまっていた。 あの時私は、このまま雨と一緒に溶けてしまえたら、楽になれるんじゃないか、なんて思っていた。 でも。 サイトさんが見つけてくれて。 ぎゅっと抱きしめてくれて。 私の心は、どんどん温かさを取り戻していった。 「サイトさんっ…!サイトさん…っ!」 私は彼の腕の中で彼の名を呼び、必死に彼にしがみついた。 彼の温かさが、彼の存在が、嘘じゃないと確かめるために。 そんな私の頬を、そっとサイトさんの手が撫でる。 「こんなに…びしょ濡れになって…。寒かっただろ?」 そして…そのまま私の顎を指で持ち上げて…。 私は抗いもせずに、彼のされるがまま、唇を捧げた。 そして…。 「今も、寒いです…。 温めて下さい…。 サイトさんの、愛で…」 私は彼をぎゅっと抱きしめ…今度は私から唇を奪った。 濡れた服は焚き火に当たるよう、木箱の間に渡したロープの間に吊るした。 その簡素な布のカーテンの向こう。土間の上に敷いた古ぼけた絨毯の上で、 才人の上にアンが座る格好で、二人は抱き合った。 「あったかい…」 才人の胸板に顔を埋め、アンは呟く。 そんなアンの濡れた髪を、才人は指で優しく漉く。気を紛らわせるためだった。 身体を密着させているせいで、アンの胸の豊かな双丘が才人に押し付けられて歪み、 才人に至上の柔らかさを伝える。 その快感で、否が応にも才人自身は一段と強くそそり立つ。 気を抜くと、即座にアンを滅茶苦茶にしてしまいそうだった。 「熱いの…当たってる…」 アンのその台詞が、才人の本能にさらに火をくべる。 しかし、才人の野獣が暴れだす前に、アンは行動に移った。 勢いよく体重を上半身にかけると、才人を絨毯の上に押し倒した。 毛足が短いのと、空気が湿っているせいで、埃はほとんど立たなかった。 「サイトさん…ください…コレ…」 言ってアンは、そそり立つ才人を優しく右手で撫で上げる。 「うっ…」 その刺激に才人は軽く呻く。 刺激に耐える才人を見て、アンの中の獣がより一層強く暴れだす。 欲しい。サイトさんが欲しい。 アンの獣の欲望が、じわりと桜色の裂け目から涎のようにあふれ出す。 アンはそのまま才人に手を沿え、才人を飲み込もうとして。 それは、適わなかった。 才人が、自分の上に跨るアンの両手を掴み、それを止めたのだ。 「え…?」 才人の行動に、思わずうろたえるアン。 そんなアンに、才人は下から語りかける。 「ちゃんと、濡らさないと。痛いよ?」 言って、軽くアンを引っ張り、涎を垂らす裂け目で、自身を自分の上に押し倒す。 「あっ…」 裂け目を擦る雄の温度に、アンの喉が踊る。 そして才人はアンの手を握ったまま、言う。 「じゃあそのまま、腰を前後に振ってみて…?」 「は、はい…」 言われたとおりにアンは、そのまま濡れた秘裂で、才人の裏側をなぞり始めた。 「あっ…あったかい…あったかいです…」 荒い息をつきながら、前後に腰を揺するアン。 アンの裂け目から溢れた蜜が、才人を濡らし、覆っていく。 それとともに、アンの腰の奥がむずがゆく疼き、目の前の才人を貪りたい衝動が溢れてくる。 「サイトさんっ…私っ…もうっ…辛いですっ…」 荒い息とともにそう訴えるアン。 しかし才人はそれを許さない。アンの手首を強く握ったまま離さない。 「ダメだよ。もっとちゃんと濡らして」 しかし、アンはもう我慢ができなかった。 「お願いっ…ガマンできないのぉ…」 「だぁめ。もうちょっとだからさ」 何がもうちょっとなの…? 腰を浮かそうとするアンを、才人は手を引くことで押し止める。 自分自身にアンを擦りつけ、自分を高める。アンは必死になって腰を浮かそうとしたが。 「うっ」 びゅっ、びゅっ 少し浮いたアンの下で、才人が弾けた。 白濁液がアンの裂け目に打ち付けられる。 その感触と才人の表情で、アンは才人が果てたのを知った。 「あぁ…ずるい、サイトさんだけぇ…」 今にも泣き出しそうな表情で、才人を責めるアン。 そんなアンに、あくまで笑顔で、才人は応えた。 「ごめんごめん。ちょっと調子に乗りすぎた」 言って、再び立ち上がり始めた自分自身の先端を、 愛液と精液の混合液にまみれ、ひくつきながら牡を待ち受ける裂け目に押し当てる。 「あ…」 期待に満ちた目で、才人を見つめるアン。 才人はその期待に応え、アンの手を引き…一気に奥までアンを貫いた。 「きゃんっ!」 その衝撃に、仔犬のような声が、アンの喉から転がり出る。 「今日は可愛い声で啼くんだね」 言いながらも、才人は下から突き上げるのを止めない。 「あっあっ…だってっ…いきなりっ…おくまでするからぁっ…」 突き上げられる快感に、とろけそうになりながら、アンは応える。 「もっと聞かせてよ。 アンの…可愛い声…」 言って、ストロークの速度を上げる才人。 そんな才人の上で揺られながら、アンは囀る。 「あっあっあっあっ…だめっ、だめぇっ…もうっ…」 才人の上で揺れるアンの背中がしなり、才人を一際強くしめつけた。 「いく、いっちゃうぅぅぅぅぅぅぅっ!」 それとともに、アンの中で才人が弾けた。 王室に無事帰ってきた陛下は、ものすごくご機嫌だった。 「お疲れ様アニエス♪一日ご苦労さまでした♪」 これ以上ないくらいの笑顔で、陛下は私の両手をにぎってぶんぶん揺する。 …テンション高いなー…。 私は正直、笑う気力もない。 私は陛下から渡された魔法の指輪の力で、身代わりになった一日の間、陛下に化けて執務をこなしていた。 …まあ、学院のイベントはまだよかった。 その後の各種政府部門からの訴え、そして書類整理、それから辺境貴族からの陳情。 ずーーーーーーーっとマザリーニ殿がついてて、気の休まる瞬間なんか一瞬たりとてなかった。 まあ、彼を騙しているっていう負い目もあったんだろうけど。 始終だれかの視線に追われているというのは、精神衛生上とってもよろしくないと思い知らされた。 だから私はぐったりと、ソファーに腰かけていたのだが。 「あらあらアニエス、元気ないわね? わけてあげましょうか?えいえいえいっ」 言いながら陛下は、ぐいぐいと私の肩を押す。どうやら『元気をわけて』いるらしい。 いやそれ確かに一部のひとは元気になるでしょーけどー。 「ご機嫌ですねえ陛下わぁ…」 もー抵抗する気力もなーい…。 しかしそんな私を一瞬で奮い立たせる言葉が、陛下の口からこぼれ出た。 「ええもうすっごくご機嫌♪ アニエスに王位を譲ってもいいくらい♪」 ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! カンベンカンベンそれだけはマジカンベン! 「じょじょじょ冗談でも言っていいことと悪いことがっ!」 しかし私の反論を、陛下はまったくお聞きになっていない。 「そうね、名案かも、だわ♪ いざとなったら、アニエスを王様にして私はサイト様と…きゃっ♪」 いやちょっとまてそれなんか違うから! 「もし孕んじゃったりしたら、トリステインをお願いね、アニエス♪」 こらちょっとまてこの色ボケ女王ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! それから小一時間ほど、私は女王に説教するという、かつてない偉業を成し遂げた。 …私はマザリーニ殿が鶏がらになった理由が分かった気がした。〜fin
https://w.atwiki.jp/directors/pages/1374.html
サンドリーヌ・ボネールをお気に入りに追加 サンドリーヌ・ボネールのリンク #blogsearch2 サンドリーヌ・ボネールとは サンドリーヌ・ボネールの84%は税金で出来ています。サンドリーヌ・ボネールの10%はむなしさで出来ています。サンドリーヌ・ボネールの6%は元気玉で出来ています。 サンドリーヌ・ボネール@ウィキペディア サンドリーヌ・ボネール サンドリーヌ・ボネールの報道 Liane Foly – フランスの最新ニュースのアンテンヌフランス - AntenneFrance アレクサンダー・ロックウェル監督、25年ぶりの日本公開作『スウィート・シング』は子煩悩全開で撮影 (1/2) - スクリーンオンライン 主演・岡本圭人×岡本健一の親子共演舞台『Le Fils 息子』8月30日より東京ほかにて上演決定! - スクリーンオンライン アカデミー賞最有力! 映画『ノマドランド』──放浪する主人公を支える詩の力 - GQ JAPAN セルジュ・ゲンズブール没後30年、音楽界に今なお強い影響 - AFPBB News “ヌーヴェル・ヴァーグの祖母” 伝説の女性監督アニエス・ヴァルダが遺したセルフ・ポートレート『アニエスによるヴァルダ』 | BANGER!!! - BANGER!!!(バンガー!!!)映画評論・情報サイト 『愛の記念に』から『92歳のパリジェンヌ』。女優サンドリーヌ・ボネールの軌跡 - シネマズby松竹 サンドリーヌ・ボネールのキャッシュ 使い方 サイト名 URL サンドリーヌ・ボネールの掲示板 名前(HN) カキコミ すべてのコメントを見る ページ先頭へ サンドリーヌ・ボネール このページについて このページはサンドリーヌ・ボネールのインターネット上の情報を集めたリンク集のようなものです。ブックマークしておけば、日々更新されるサンドリーヌ・ボネールに関連する最新情報にアクセスすることができます。 情報収集はプログラムで行っているため、名前が同じであるが異なるカテゴリーの情報が掲載される場合があります。ご了承ください。 リンク先の内容を保証するものではありません。ご自身の責任でクリックしてください。
https://w.atwiki.jp/prima/pages/2920.html
Blogs on アニエス・メロン #bf レパートリー 作曲家名(全角フルネーム)に置き換えてください [部分編集] 作曲家名(全角フルネーム)に置き換えてください 作品名(全角)に置き換えてください役名(全角)に置き換えてください Last Update 2012/02/27 22 33ページ先頭へ
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4135.html
ボルボX 202 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 35 28 ID 8Um2yxCF 夕日が山の端に最後の片鱗をのぞかせている。落日の瞬間だった。 早春の冷たい夜露がおりはじめた、アルビオンの緑豊かな森の中。数十メイル四方にわたってひらけた空き地。 銃口から立ちのぼった硝煙の臭いと、いまも絶叫とともにまき散らされている血の臭いが、森の清冽な空気にまじっていく。 空き地の中にそびえる白い塔の番人は、爪と歯をもって、みずからの守護地を侵そうとした人間の体を破壊していた。 空堀をわたり、塔へとつづく橋の上。そこで捕らえられて、腹を裂かれているメイジの断末魔の声。 それはおぞましいことにまだ続いている。 「アニエス……」 怯えからくるおののきを隠せないルイズの声に、アニエスは短く答えた。 「けっして他の者から離れるなよ。あいつは速いし、飛ぶぞ」 それはルイズとおなじく戦慄している、自分と他全員の近衛隊士にも向けた言葉だった。 ルイズを背にかばったまま、アニエスは後ずさりした。眼前で近衛兵の一人を引き裂いている怪物に剣を向けながら。 その魔法人形(ガーゴイル)の姿は、人の頭に双の乳房、ライオンの体にワシの羽。 「幻獣スフィンクスの人形か、人食いの魔獣を模した人形が番人とは悪趣味きわまる…… 何をしている、次弾装填!」 マンティコア隊などのメイジ近衛兵とともに、蒼白になって酸鼻な光景を見ているだけの銃士隊員にむけ、アニエスが怒声を飛ばした。 その腕をルイズがつかむ。 「一度もどって、態勢を立て直したほうがいいわよ! さっきの一斉射撃でもほとんど外れたし、当たっても効かなかったじゃない!」 魔法もかわされた。何発かは命中したはずだが、銃弾のときと同じで動きが鈍りもしなかった。 「わかっている、だがあれが夢中になっている今なら――」 唐突に悲鳴が絶えた。 絶息した犠牲者の腹から、血まみれの顔をそのスフィンクスが上げる。 アニエスはわれ知らず固唾を呑んだ。その獣の鋭い爪は、もともと古い血で茶色く染まっていたが、いまは新鮮な血で赤く塗されている。 髪がなくのっぺりとした頭部。血でよごれてわかりにくいが、おそらく女の顔。その目に瞳はなく、魚の腹のような白目があるだけ。 ちくしょうと呻き、アニエスはルイズに背中を向けたまま言った。 「……逃げてすぐに館に戻るぞ、陛下が危ないかもしれん」 その言葉に衝撃を受けたのか、ルイズの声が高くなる。 「どういうこと!?」 203 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 36 03 ID 8Um2yxCF 「あの森林監督官、『王の森』にこんな怪物がいることを黙っていた時点で、底意があるとしか思えない。 その意味にかぎり、サイトを館に残してきたのは正解だった。あいつの本領は護衛だからな」 背後でルイズがあいまいな表情でうなずく。 それを見てはいないが、アニエスは続けて激した言葉を吐いた。 「ウォルター・クリザリングを締めあげてやる! 隠していたことを今度こそすべて吐かせてやるぞ」 スフィンクスの四肢が動いた。 静かに悠然と、犠牲者をまたいで橋の上を歩いてくる。威嚇するようにその翼が大きく広げられた。 夕闇は青から藍にかわりつつある。それが黒に塗りつぶされても、おそらくこの魔法人形は人間たちとちがって意に介するまい、とアニエスは再度舌打ちした。 こいつは死なない。銃弾を命中させても魔法で焼いても平然と動きつづけた。ルイズの『ディスペル』を浴びれば倒れるはずだが、素早すぎて命中させられないのだ。 聞いた伝説のとおりなら、こいつを動かす『永久薬(エリクシル)』はまさに塔のなかにある。 その塔のなかに入れないのだ。扉は、何かの力でかたく閉ざされていた。ルイズのディスペルをかけたところ力は薄れるのだが、不思議と盛り返すのだ。 ……が、このとき異変が起きた。 ルイズがあっと声を上げ、歩み寄るスフィンクスのことも忘れたか、アニエスの隣にならんで怪物の後ろを指さした。アニエスももちろん見えている。 あれだけ押し引きしてもびくともしなかった塔の鉄の扉が、おそらくは落日の瞬間に合わせ、きしみながら開きはじめていた。ルイズが手をたたいた。 「あれなら入れ――」 その声が途中で止まったのは、開く扉の向こうで蠢くものたちを見たからだろう。アニエスの顔もひきつった。 ミノタウロス、首のない巨人、大サソリ、大きな毒牙のある蜘蛛、目のない大蛇、亜人や幻獣や神代の昔の奇怪な動物たち。おそらくすべて魔法人形ではあろうが。 塔の番人たちは、開いた扉の向こうから、なだれ落ちるようにこぼれ出でて、スフィンクスの後を追うように橋をわたってやってきた。 わずかでも食い止められるとは思えない。 「射撃用意やめ、総員退却。みんな走れ」 アニエスはどうにかそれだけつぶやき、身をひるがえすとルイズの手をつかみ、その小柄な体を引きずるようにして逃げはじめた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 204 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 36 45 ID 8Um2yxCF 話はさかのぼる。 その日の午前のうちに。 アンリエッタは船室の窓から、眼下の森を見おろした。 宝石をはめこんだ王冠。冬から春先用のラムズウールの白ドレスに、紫のマントを身につけている。いつもの女王の衣装だった。 早春の正午前、浮遊大陸アルビオンの澄んだ冷たい空気。 晴れた空の中、森の上をゆく中型のフネ、その最上級の船室。 背後のマザリーニの話を聞きながら、ガラスのはめられた窓に椅子を寄せて、物憂げなまなざしを下界にそそぐ。 下の広大な森にはシラカバ、ブナやオークの木々がうっそうとどこまでも茂っている。 ここはかつてのアルビオン王家の猟場であり、直轄領であった「王の森」の一つだった。 広大な森の一画に、ぽつんと小さな尖塔が立っている。アンリエッタはつい、それが何であるのか目をこらして見極めようとした。 が、緋毛氈の敷かれた船室の中央に立っているマザリーニが、女王の背後から言葉を続けたので、注意を引き戻されざるをえなかった。 「この規模のフネは商船には最適ですな。このようなフネを十数隻所有しているそうです、ウォルター・クリザリング卿は。 やはり彼の力を借りようというラ・トゥール卿の申し出は、吟味にたるものです。王家の財政にとっても良き話のようですし。 今回のアルビオン行の出費にせよ、ラ・トゥールの懐に負うものが大きいのですからな。話を真剣に聞くくらいの礼儀は必要でしょう」 「最近は、お金の話ばかりですわね」 アンリエッタに嫌味のつもりはなかったが、不用意につぶやいたのがまずかった。 黒衣の痩せた宰相は表情を変えもしなかったが、気分をいたく害したのがはっきり伝わってきた。 「陛下、王家の台所は、先年のレコン・キスタとの戦争のこともあってまだまだ火の車なのですぞ。 本来トリステインは小国なれど豊かな国です。が、国土の収入と王政府の収入は同じではありません。 ましてやこの冬、あなたが強引に着手した平民軍の創設は、多くの貴族どもの反感を買ったわりに金がひどくかかっているのですよ」 さすがに先ほどの発言は不注意だったので、くどくどと続くお説教を黙って聞くしかできない。 アンリエッタはこっそり円形の窓に向かってため息をついた。 言われることはいちいちもっともなのだった。 問題になっているのは、彼女が新設した志願兵による平民の常備軍である。 数ヶ月前の秋の事件では、敵も味方もメイジではなく平民が中心になって戦闘を行ったのだ。 そこで王都にもどったアンリエッタは、ながらくメイジ中心であった王軍の改革に着手したのだった。 財源が問題だったが、それは一つの策でどうにかなった。しかし、その策もまた責められるもとになっている。 マザリーニが咳払いした。 205 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 37 37 ID 8Um2yxCF 「それと陛下、貴族たちをこれ以上怒らせることは避けなければなりません。平民にあまり肩入れしすぎ、貴族に厳しすぎると、陛下は思われはじめているのです。 ……『武器税』は、さすがにやりすぎでしたな」 「枢機卿、あなたも巡幸の直後、言ったでしょうに。 いつか諸侯たちの力をそぐ必要があると。いまのトリステインは、諸侯の力が強まりすぎていると。 武器税によって王軍は、諸侯の力の一部を自分のものと出来たではありませんか」 女王は顔をあげて、枢機卿に強い視線を向ける。 そこには彼女なりの正義感と、政治的な思慮が介在している。 先の巡幸で、みずからの領民を虐げていた貴族を彼女は見たのである。一部の暴悪な貴族から、民を守る必要があると少女は思ったのだった。 王権を強化すること、諸侯の過ぎた力をそぐこと、平民の権利を拡大すること。 それは同一の線上にあるのではないか。そうアンリエッタは漠然と思いはじめていた。 「私が申しあげたのは、気づかれないようにじわじわと、ということでしたぞ。 あなたが発案し、強引な手続きをへてとつぜんに施行した武器税によって、武器を一定以上保持していた中規模以上の貴族は、王家に対しあらたな税を納めなければならなくなりました」 いまの枢機卿は政治家の顔をしていたが、内実は弟子にたいして辛抱づよく指導する教師なのだった。 「税を払いたくない貴族は、あせって武器を売る。すると世に流通する武器が多くなり、値段が大きく下がる。 それを王家が安く買いあげ、新設軍の軍備にまわす……はは、どちらに転んでも王家にはうまい手でしたな。 ――あなたはときに利口な手を思いつきますが、他者を出し抜く道はかならずしも賢明な道ではありませんよ」 諸侯から買った恨みは、この先どう不利に働くかわかりません。 マザリーニの陰気な表情は、アンリエッタをそう叱咤していた。 女王はごく薄くルージュをひいてある唇をかみしめた。 (大貴族たちは多くの免税特権を持っているわ。度をこした贅沢をしたり、投資に失敗さえしなければ平民よりはるかに豊かなのに、国庫にむくいる比率はより少ないのよ) もともと、潔癖なところのあるアンリエッタである【9巻】。 思いさだめた後は、行動が拙速といえるほど果敢になることがしばしばあった。 「マザリーニ。わたくしはトリステインの女王ではないの? 諸侯の主君ではないの? それなのにいちいち彼らの機嫌をうかがわねば、民のために何事もしてはならないのですか?」 「……あなたの祖父、偉大なるフィリップ三世が玉座にゆるぎなく君臨した古き良き時代には、王は名実ともに諸侯の『主』でした【2巻】。 ですがいまの世では、貴族たちの『長』の地位と思ったほうがよいでしょうな。このことをよく考えてください」 マザリーニは最後にそれをのみ言うと、口をつぐんだ。 206 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 38 10 ID 8Um2yxCF ………………………… ……………… …… ほどなくフネは『桟橋』の木【2巻】に停泊した。 まず部下たちが降り、アンリエッタとマザリーニは最後にタラップを降りた。 彼女を待つ数十名の中、並んだ桃色の髪と黒い髪が視界にはいった。 どきりとして、女王はルイズと才人から目をそらした。彼らとも久方ぶりに顔をあわせることになる。 降り立ったそこは、すぐ館の庭である。 煉瓦のように切石を積みあげてつくった外壁が立派な、館というより城というべきそれの前に、衆に取り巻かれてひときわ目をひく二人の貴族が立っていた。 その二人の男が片ひざをついて、女王の来臨を丁重にむかえた。 トリステインの河川都市トライェクトゥムの領主にして市の参事会員、アルマン・ド・ラ・トゥール伯爵は四十七歳。 尖った口ひげ、たくましい体にぴったりしたダブレットおよびズボン。マントは藍色。 野心家とのうわさに外見も合わせているかのようなこのトリステイン貴族が、今回の女王のアルビオン来訪を希求し、費用の多くを負担したのである。 その横。 この館の主、アルビオンの『王の森』の森林監督官、ウォルター・クリザリング卿のほうは、ゆるやかなあずき色の服と狐の毛皮のコートを身に着けている。 年齢は三十代前半とのこと。やや繊弱ながら美男といっていい顔立ちだが、どこか暗鬱な雰囲気をただよわせている。アルビオンの王立アカデミーに論文を寄稿し、学士号をとった秀才でもある。 二人とアンリエッタが形どおりの挨拶をかわした後、ラ・トゥール伯が発言の許しを得て言上した。 「陛下、このようなあわただしい日程になって申しわけありませぬ」 「まさか。マルシヤック公爵に引き止められるまま、ロンディニウムに予定より一日多く滞在してしまったのはこちらの都合です。わたくしが謝らなければなりません」 今回は、形としてはトリステイン出身の代王マルシヤック公爵【8巻】と会い、彼によるアルビオンの統治の詳細な現況について、直接の報告を受けるのが主目的ということになっていた。 クリザリングの館に寄るのは、そのついでということになる。しかし、ある意味ではこちらが旅の目的だったのだ。 「では陛下、昼食会をかねて本題に入ってもよろしゅうございますか。中庭に用意はととのっております。 旅の疲れも癒えぬうちに急な話、お許しください」 ラ・トゥールは礼儀正しくはあったが、まるで自分の館のように傲然として悪びれない態度。良くも悪くも、貴族的な尊大さがにおう男であった。 館の主、クリザリング卿はそれを気にするふうもなく、アンリエッタ一人を見ていた。 207 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 39 11 ID 8Um2yxCF ………………………… ……………… …… サクラソウの咲きほこる中庭には樫のテーブルがしつらえられ、料理の大皿が運び込まれていた。 アンリエッタはそれを一瞥した。 白ワインで蒸したらしきヒラメ。シャッドという魚を胡椒をつけて焼いたもの。ムール貝のバター焼き……鮭にマスにシタビラメ、カレイやボラや、珍しいものでは鯨まで。 (魚介類?) クリザリング卿が召使たちに指示を飛ばしている間、ラ・トゥール伯爵が少しのあいだ消えていたが、その姿がふたたび見えたとき彼はワイン瓶の大樽をひとつ、同行した秘書官に抱えさせていた。 あっけにとられているうちに、横向きにした樽の栓がぬかれ、グラスに注がれたワインが女王の一行それぞれに配られていく。 飲んでみるようにすすめられ、わけがわからないながらもアンリエッタは飲み干した。 フルーティーな味。甘いさわやかな、新物の白ワインだった。 「……なるほど」 ふいに横で、マザリーニがつぶやいた。理解の光がその目にある。 「空路の交易拡大、というわけか。 王家にもとめるのは、投資ですかな?」 ラ・トゥール伯爵が、満面の笑みを浮かべた。 「さすがに明晰でいらっしゃる。そのとおり。 ここにそろえた新鮮な海の魚介類、質がよい新しいワイン――いずれもトリステインではありふれたもの、しかしアルビオンでは安く手に入るものではありませぬ。 この空の国に海はなく、塩漬けのニシンやタラを下界と交易して手に入れるのが関の山ですからな。 またアルビオン人はワインを飲む習慣があまりなく【7巻】、市場開拓の余地はじゅうぶんすぎるほどにあると思われます。 これもまた、原産地であるガリアやロマリアと通じる大規模な流通経路が確保されていないため国内のワインの量が少なく、高価になって庶民が手をだしにくいためでしょう」 よって、とラ・トゥールは続けた。列席者の大半は、何を言わんとするかすでに理解していた。 「空路交易により、これらの新鮮な商品を安くアルビオンの民に提供するのです。ごらんください、この領地にはフネが停泊できる立派な港があります。また、商船に転用できる立派な船団がすでにあります。 この私、トライェクトゥムのアルマン・ド・ラ・トゥールは、河川都市連合商会の代表者として、空路開拓の道すじをつけるためにここに来ました。 クリザリング卿の船団と港を借り、株式会社という形で空路の交易事業を起こします。 その株主として王家も参画しませんか。数年で、元手の数倍に達する利益をあげてみせましょう」 王家に対し、対等の呼びかけという形。アンリエッタは媚びへつらわぬその態度にかえってすがすがしい印象をいだき、微笑未満の表情をうかべて質問した。 208 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 39 59 ID 8Um2yxCF 「王家が援助しない場合には?」 「やむをえませぬ。大貴族やほかの都市におもな株主となっていただくでしょう」 ここでマザリーニが受けた。 「資金のことだけではない。いまのアルビオンのような各国の利害がからみあう地において、そのうち一国の政府の後ろだてすらない民間事業がうまくいくと? 現アルビオン当局の認可が下りるかどうかさえ疑わしい」 「ええ、その場合は、トリステイン王家以外でどうにかしてくれるところを探すでしょうな」 援助してくれなければ他国にこの話を持ちこむ。そう言ったも同然で、危険なせりふだった。それを、ラ・トゥール卿はさらっと吐いた。あるいは平然をよそおっている。 アンリエッタはマザリーニと顔を見合わせてわずかに首をかしげ、考えこむそぶりを見せた。 実のところ、これは試してみる価値のある話に聞こえた。すでに王家が提案を受けることは七割がた決まり、互いの利権のラインをさだめる駆け引きに移っていることを双方が承知している。 ラ・トゥールが強気に出ているのも、最初から弱気に出ると王家に利益をむさぼられかねないと警戒しているのだろう。 クリザリング卿が、話がどうでもよいかのような表情を浮かべ、奇妙な沈黙を保っていることに気づき、アンリエッタは彼に水を向けてみた。 「クリザリング卿はどうなのでしょうか? この話において、船団と港を提供する彼の同意は得られているのですか。 たしか、わたくしたちがトリステインを出る前には、クリザリング卿のところにこの話は持ちこまれていなかったと聞きますが」 答えたのはラ・トゥールだった。 「むろんです。急な話ではありましたが、数日前に合意はすでに得ています。彼は彼ですでに空輸事業を手がけていたそうですが、革命騒ぎの間はそれもままならず、戦争が終わってからはなにかと…… ええと、アルビオン人ということで肩身が狭くてですな。彼は静けさを好む人間でして、アルビオン現当局とこれまでうまく人脈をつくれなかったようです。 われわれと組めば事業を拡大さえもできるというわけです。トリステインでの買い付けとなれば、河川都市がそれに協力できますからな、ほかより得な条件で」 クリザリング卿が不遇という話に、アンリエッタは気まずいものを覚えた。 女王はじめトリステイン政府がアルビオン人を差別し、抑圧しようとしたわけではない。だが、やはり占領は占領で、さらにガリアやゲルマニアの役人、兵士たちも代王政府にはいるのだ。 生粋のアルビオン人が階級を問わず、さまざまなところで忍従を強いられているのは想像に難くない。 結構です、とアンリエッタはうなずいた。 「では、王政府としてはこの話を真剣に考えさせていただき――」 「お待ちいただきたい、商談とは別に、手前には申しあぐるべきことがあります」 女王をさえぎったのは、クリザリング卿だった。本来はそれだけでも無礼であったが、くわえてその男は驚くべき行動に出た。 大きな眼球でアンリエッタに粘つくような視線を送っていたその男は、薄く笑うと、先ほどのように片ひざをついて女王の足元にひざまずき、次の言葉で場に雷電をはしらせた。 209 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 40 44 ID 8Um2yxCF 「天地も人も照覧あれかし。火と水と土と風と虚無にかけて、始祖ブリミルの御名にかけて。 手前ウォルター・クリザリングは、あなたに求婚します、トリステインの女王アンリエッタ陛下」 中庭の誰もが絶句した。 アンリエッタは呆然と、目の前にひざまずいたその『王の森』の森林監督官、かつてのアルビオン王の代官を見る。 ひざまずく彼の背後ではラ・トゥールが目をむき、殴りつけられたような表情をしていた。 この男にとっても明らかに、これは想定外だったようである。 ところ狭しと食卓に並べられた魚料理は、誰にも手をつけられないまま湯気を立ちのぼらせていた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 「ただいま戻りました、陛下」 波乱の昼食会の後、数刻ばかり。 石の鈍色の壁、館の一室。 集っているのはアンリエッタとアニエス、それにルイズと才人の主従。木の机をはさみ、アニエス以外はそろって机とおなじ桜材の椅子に腰を下ろしている。 アニエスは革の手袋を脱ぎ、アンリエッタの机の横に直立して、開口一番にそう言った。 彼女はアンリエッタの船が到着する一足先、早朝にこの領地にやって来て周辺を調べていたのだった。 アンリエッタは調査から帰ってきた部下に、ほっとした顔を見せたものの、すぐ謹厳な表情に戻ってうなずいた。 「ご苦労さまでした。やはり、なにか変わったことがありましたか?」 「はい。周辺地域でのうわさ話のとおり、ここはおかしなところのある土地です。 われわれ銃士隊は朝から数時間『王の森』を歩きました。地形や途中の小屋の位置は、クリザリング卿の説明とほぼ合致しました」 その名が出たとき、女王がやや動揺した様子を見せた。ルイズと才人も似たような表情で沈黙している。 アニエスが「陛下?」と不審そうに眉をよせる。 「いえ……気にしないで。報告を続けてください」 「では陛下、申し上げます。ラ・ヴァリエール殿の『虚無』の協力をあおぐ必要があるかと。 われわれは空の上から見た塔をさぐりました。 塔の扉は堅固に閉ざされていますが、錠らしきものが見当たらず、またどれだけゆすぶってもきしみさえしないのです。まるで一枚の壁です」 210 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 41 30 ID 8Um2yxCF あの塔だわ、とアンリエッタは一人ごちた。空の上から見た、森の中の奇妙な尖塔。 ルイズと才人も見ていたようで、のみこめた顔である。 その二人のうち主人のほうが、発言した。 「わたしの虚無で、その塔の扉をどうにかしようというわけ?」 「しかり。貴殿ならどうにかできるかもしれん」 「待って、アニエス。その前に、なぜそんなことをする必要があるのか、聞かせてもらえないかしら? 姫さ……陛下の思し召しであれば、むろん従うけれども」 アンリエッタとアニエスは顔を見合わせた。 「話していなかったの、アニエス?」 「……失念していました。忙しくて顔を合わせる機会がそうはなく、たまに会ったらアホなことばかりで……サイトが」 アニエスにぎろりとにらまれ、横からのルイズの視線もちょっと冷ややかなものになり、才人は居心地わるそうにそわそわした。 前回の事件の余波で、傭兵隊長相手に彼とギーシュの作った借金は王家が立てかえた。 大手柄を立てておきながら大ひんしゅくを買った彼らは、この数月フルに活動してどうにか借金を十分の一ほど返したところである。 その冒険譚については……思い出したくもない。 (数ヶ月であれを一割返せたって、かなり奇跡的な話だと思うんだけどな……自分のために使ってたら一生食える額だぞ) 才人の内心のぼやきをよそに、女性陣は目を見交わしあって何やらうなずいている。 「秋の事件にかかわる話なのです。あなたたちも当事者ですから、すべての情報を知る権利がありますわね。 アニエス、彼らにあらためて説明してください」 御意、と女王に頭を下げ、銃士隊長は二人に向きなおった。 「これまで事後経過を明かさなかったことは詫びよう。 先日、陛下を襲撃した者たちは死んでいるのだ。首謀格の八人。〈山羊〉と呼ばれていた首領および〈ねずみ〉ほか七人の、雇われたメイジ共が。 王都に護送する途中で、囚人用の竜車の中で奇怪な死をとげている」 淡々と語るアニエスに、わずかに息を呑んだルイズがまた質問した。 「奇怪な死、とは?」 211 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 41 59 ID 8Um2yxCF 「互いに首を絞めて殺しあった。または自死した。 最後に死んだらしき〈山羊〉だが、こいつは舌を噛み切り、それを半ば呑みこんでのどにつまらせ窒息死している。 ちなみに竜車には、頭も通らない明かり窓、それも鉄格子のはまったものしかなかった。自死に見せかけた他殺の線はない、と報告された」 この異様な話をはじめて聞かされた二人の表情はこわばった。 すでに報告は受けていたアンリエッタも、うそ寒い様子で机の上に置いていた手をにぎりこんでいる。 内輪の四人のみ集ったこの部屋の内部が、急に薄暗さを増したようでさえある。 「だが、私は納得できん。あの襲撃に関する多くの情報が、やつらと共に失われたのは間違いない。口封じだと思う、どのような手段かは知らないが。 あれから数ヶ月だが、銃士隊は今なお調査にかかっている。しかし少々行き詰まり気味でな。 武器の出所や敵兵の陳述内容、資金の流れを調べても、決定的な手がかりは見つけられなかった。ゲルマニア当局とも渡りをつけて調べてもらっているが、そちらも望み薄だ。 この際、関係がありそうなところを片端から探ることにした」 ルイズが話にうなずく。 上質の黒テン毛皮のマフを巻いた以外、いつもの魔法学院の制服であったが、今回のアルビオン行きでは、継承権を持つ王家の重要人物として同行している。 こちらもいつものパーカーの上に、防寒のため冬用の騎士のマントをしっかりはおってきた才人が手をあげた。 「怪しげなところって、ここアルビオンだけど。なにか目星がついたんですか」 「目星といえるほどはっきりしたものではない。正直に言うと勘だ。 各国の利害がからみあう地とはいえ、アルビオンはトリステイン政府の権力がおよぶ範囲なので、なにか怪しいことがあれば伝えるよう指示することができた。 いくつか明らかになったことがある。まずここ『王の森』の治安は、はなはだ悪い。マーク・レンデルという男に統率されたならず者集団が、王の森で跋扈しているという」 「アニエス、それが? 盗賊みたいなあぶれ者って、わりとどこにでもいるわよ」 「いや、話としてはここからが本命だ。 ――〈永久薬(エリクシール)〉があるという、この森には。荒唐無稽なうわさ話としか思えんのだがな。 その薬は『永遠』と『富』を生むという。周辺地域でまことしやかに語られていた伝説を、大体まとめた調書があるから読んでみろ」 耳慣れない〈永久薬〉という単語に、とまどう様子のルイズのひざにアニエスが一冊の冊子をぽんと投げた。 才人が横からのぞきこむ。読んであげるから顔をひっこめなさい、とルイズは手をふって朗読しはじめた。 「王の森の〈永久薬〉。千年前に、有能な錬金術師ゆえアルビオン王家の賓客となり、森に住むことを許されていた『塔のメイジ』が作り出した」 「〈永久薬〉の効果は、これを投与された物質を変質させ、効果や力をなかば永続させる」 「最後に〈永久薬〉をみずからに使った『塔のメイジ』は、今もなお魔の塔の頂上で生きているという」 ここまで読みあげて、ルイズはなにか言いたげに顔を上げた。が、アニエスに無言でその先をうながされ、朗読を続行する。 212 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 42 41 ID 8Um2yxCF 「〈永久薬〉の作り方は塔の秘奥であり、千年間、さまざまな者が塔に入ってそれを作ろうとした。数人は成功したが、始祖に呪われたこの術は、ついに幸福をもたらさなかった。 ある者は無限に金をうみだそうと考え、杖に錬金の魔法をかけて、それに完成した〈永久薬〉を使った。 その杖は触れるものを際限なく金に変え、持ち主をまず金塊にした。部屋一つが金になったところで、弟子たちが魔法を飛ばして杖を壊した…… ……アニエス。これらのヨタ話が、先の事件と関係あるの?」 「怪しいことは何でも調べておきたい。 とにかく、先年の事件では大量の資金が動いたのだ。武器をあつめ、傭兵をやとい、国境を越えさせ、証拠をもみ消しているのだぞ。 それにもかかわらず、トリステインやゲルマニア内部で資金の流れを大きくつかめないのは、金の直接の出所がさらに他国からだからではあるまいか。 潜在敵国であるガリアの陰謀と考えられなくもないが、もっとも怪しいのは占領下にあるアルビオンだ。さまざまな勢力や思惑が入り乱れ、いまは水面下での金の動きも大きい土地なのだ」 半眼になったルイズに、至極まじめに答えるアニエスだった。 「この領地に、ほかに妙なことがないではないのだ。 現アルビオン政府によると、この館の主は『王の森の警備』のために、政府に風石(フネの動力)を大量に要求しつづけている」 「それはさっき話に出たマーク・レンデルというならず者のためじゃないの? 船団をつかって盗賊を追いつめるなら、監督官としての公務ともいえなくはないもの」 「平民の盗賊団だ。それにフネまでを使い、長い期間をへても根絶できないというのは妙だな。よほど相手が巧妙か、本気で根絶する気がないかだと思うが。 ……クリザリング卿はフネの一部を交易に使っている。 政府から支給された風石を横領して動力費を浮かせているのではないか、とも思ったのだが、徴税請負人の調査によると、その分の風石はちゃんと買い入れているらしい。 それでも、どこか妙な気がする」 「……わかったわよ。とにかく一緒に行きましょう」 そうアニエスに告げたルイズは、ふとアンリエッタを見た。 ルイズとアニエスが話していた間、女王と才人はほとんど発言していない。 久しぶりに会った二人はたがいに軽く横を向き、卓をはさんで向かいあっていながら不自然に目をそらしあっている。 ルイズの目がすっと細まった。 そういえばこちらの問題もあったのである。再戦うんぬん。 まあこの二人なに意識しちゃってんのかしらふふふ、と全く表情を変えずにのどの奥で怖い笑いをもらし、すみやかに退室せねばと思いさだめる。 とりあえず気晴らしに卓の下で才人の足をぐりっと踏み、小さな悲鳴をあげさせてからアニエスに確認をもとめる。 「アニエス、それでいつ行くの?」 「今から」 「ちょ、ちょっと待って! 急すぎない!? 夜になっちゃうわよ!」 213 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 43 13 ID 8Um2yxCF 「陛下を筆頭に、王宮の者はだれもかれも忙しいんだ。時間を無駄にしたくない。日が暮れたら途中の小屋で寝泊りする。 銃士隊が同行するから安心しろ」 ここで、アンリエッタが反応した。 「メイジも付けましょう。近衛隊を割いて連れて行きなさい、森の盗賊たちが寄り付けないように。こちらにはラ・トゥール伯爵が同行した警備兵たちがいますから。 それと少し席をはずしてくれないかしら。ルイズと少し話したいの。……サイト殿、あなたもできれば」 メイジがあまり好きではないアニエスは嬉しそうではなかったが、淡々と「御意」と述べた。同じ近衛隊なら「陛下の命令」ということで一応は団結できる。 才人もこれまた軽くうなずいて席を立つ。 アンリエッタに二人だけの話をもちかけられ、淡々どころではないのはルイズだったが、緊張をおさえて彼女は腰をおちつけた。 ………………………… ……………… …… 「クリザリング卿の求婚をどう思いますか、ルイズ?」 二人が去った後、アンリエッタは開口一番、謹厳な声でそう問うた。 アホ使い魔の話が飛び出すかもしれない、とルイズは戦々恐々としていたが、存外に真剣な意見をもとめられて少々恥ずかしさを覚えた。 それを隠すように自分自身も姿勢をただし、誠実な臣下の顔にきりかわって主君に答える。 「問題外ですわ。たかが一代官の身分で、あのような場での求婚。無礼のきわみとさえいえましょう」 アンリエッタはうなずいた。こちらも政治家をこころがけようとする顔になっている。 二人は、なにもクリザリング卿が、女王にくらべて低い身分であるため蔑視しているわけではない。 ただ、求婚という時点で、ことは「公」に属するものに切り替わっているのである。 身分。公式的に相手を選ぶとすれば、アンリエッタの身分には釣りあう者などほとんどいない。 王族の結婚とは、相手の身分と家格が高いことを最低限の基準におき、なにより政略にそった熟慮の末になされるべきものであって、それは要するに究極の政治的結合なのだった。 「実はさきに枢機卿やラ・トゥール卿とも話したのよ。クリザリング卿の申し出は断る以外にないわ。 あの船団や港が手に入ること、さらにアカデミーの英才であったクリザリング卿本人の頭脳までを考慮に入れても、結婚という貴重なカードを切るには王家にとってあまりに利益が少なすぎます」 はっきりした声でアンリエッタはそう言った。 椅子から立ち上がり、窓辺によって山の稜線を見つめる。その後姿をルイズは注視した。 政治的な思考にほとほと疲れているのか、アンリエッタの背には愁いがただよっている。それでも、彼女は悩まざるをえないようだった。 「それがクリザリング卿にわかっていないはずはないのに…… なぜ彼は、あのような行動をとったのかしら」 214 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 44 01 ID 8Um2yxCF なにを目的とするか。どんな利益があるのか。 むろん彼女と結婚した場合、相手にはいくらでも利益がある。第一に、即座に国王とならずともトリステインの共同統治者となるのはほぼ間違いがない。 である以上、アンリエッタと結婚できるものならば、国内国外を問わずたいていの貴族は一も二もなく飛びつくだろう。 ……が、この場合はそこが焦点ではない。 ルイズに言ったとおり、即答せず返事を保留しているといっても、最初から断ることは決まっているし、クリザリング卿とてそれはわかっているはずなのだ。 この話がもれれば、彼は世人から常識知らずとして失笑を買わずにはすまないだろう。 「クリザリング卿が明言したわけではないけれど、求婚を断っておいて彼の船団や港の提供を受けるのは期待できないわね。 でもラ・トゥール伯爵は、船団と港を簡単にあきらめたくはないようです。見ているこちらが気の毒になるほど恐縮しているけれども。 クリザリング卿との提携が失敗しても、王家としてはラ・トゥール伯爵を援助する方針でいこうと思うのだけれど、一からフネをそろえるとなると投資も大規模にならざるを得ないわ。 マザリーニの言うとおり、今は王家もまだ苦しいですし……」 遠くを見ながらつぶやいているアンリエッタを、ルイズはどこか哀しそうな目で見ている。 どうしても、この人は政治的な呪縛から逃れられないだろう。大貴族に生まれた自分も、ある程度はそうだけれども。 「……あの、姫さま、わたしに話って、それだけなのですか?」 ルイズの気遣うような声に、アンリエッタは穏やかにふりむいた。 幼なじみを見る目に、どう切り出したらいいものか悩む色がある。 ルイズは身を硬くした。まさか。 「ルイズ、サイト殿のことだけれど」 来た。 ルイズの目に警戒が浮かぶのを見て、アンリエッタは落ち着きをやや失ったように手をふった。 「いえ、あの、誤解しないでね。 わたくし、あなたたちの間に今さら入ろうとは思っていないのよ」 「……え? でも、先の事件のときにおっしゃったことは」 「あれはあれで、本心だと思うの。たしかに……あの事件のときサイト殿を意識しました。 彼にあんなことまでしておいて今さらだけど、ごめんなさい。 けれど、その、『再戦』は、何といえばいいのか、わたくしは……」 アンリエッタはもじもじと、前で組み合わせた手の指先を動かしながら、言葉を必死で探している。 なぜかルイズには、説明されずとも彼女の心情がわかった。 不意にこみあげたのは、同情の念だった。臣下が王に示すのは許されない感情に、あわてて顔を伏せ、ルイズは言葉を発した。 215 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 44 47 ID 8Um2yxCF 「姫さま、わかりました。申し訳ありません。軽々しくあのようなことを言ったわたしが粗忽でした」 結婚さえ政治的に決めることを求められるアンリエッタが、恋愛において今さらまともな「勝負」など簡単にできるわけもないのだった。暇さえろくにない。 それでも才人が誰のものかはっきり定まっていなかったなら、情熱のおもむくまま行動できたかもしれないが、今ではルイズと才人は周囲も公認の恋人である。 土俵に上がることをしりごみしたアンリエッタと、これ以上この問題で自分が謝るのもなにかが違うと感じるため、言葉を続けられなくなったルイズ。 両者ともに悄然と肩を落として沈黙をつづけていた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 「塔の探索隊はこんなものか。これだけ見える人数がいれば、盗賊というのは最初から襲うのを遠慮するものだ。 陛下の護衛はラ・トゥールの同行した警備兵に任せることになるが、問題はなかろう。野心的な貴族だが陛下にとって危険となる兆候はないし、河川都市の自衛兵はよく訓練されている。 だが念のため、陛下のおそばには護衛としてサイトを置いていこうと思う。あいつには屋敷内の見取り図を覚えさせておいた」 アニエスに説明されながら、ルイズは館の廊下を歩く。 才人をアンリエッタの護衛に残すという点でやや眉をうごかしたものの、なにも言うことはなく押し黙った。 「出かける前に、クリザリング卿に念のため通告しておこう。森林監督官だからな」 館の主の部屋の前でたちどまり、アニエスはノックして返事をもらい入室した。 その青年は、昼時にみずからが起こした騒ぎなど忘れたように窓ぎわの肘掛け椅子に身をしずめ、さしこむ午後の物憂い陽光を浴びていた。 まぶたを閉じたまま、その唇のみが動いて言葉をつむぐ。 「用は」 「ああ、これから森中の塔に行く。あの塔を開くつもりだが、かまわないな?」 「好きにするがいいさ」 どうでもよさそうな声。アニエスは眉をひそめて問いかけた。 「あの塔のなかに何があるのか、訊いてよいか?」 「狂気と、歳月そのものが」 「……思わせぶりなことを聞きたいのではない。具体的にはなにがあるのだ?」 「〈永久薬〉を作るための施設だから、そのための設備があるに決まっている。あとはガラクタが」 216 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 45 27 ID 8Um2yxCF 恬淡とした態度でいきなり直球を投げられて、精神的にたたらを踏んだアニエスが言葉につまっている間に、クリザリング卿は投げやりな調子で先手を打った。 「言っておくが、〈永久薬〉のことを話してやる気にはまったくならん。自分で勝手に見ればよかろう」 「……ああ! そうさせてもらおう」 わけのわからない対応をされ、アニエスが険悪な声を出す。ルイズはその腕をなだめるようにたたき、かわって前に出る。 「クリザリング卿、わたしもいいかしら。なんで陛下に求婚したの? あなたは陛下に……その、本気で?」 彼女も直球を投げた。 森林監督官はかすかに目をあけてルイズを見、薄ぼんやりと口をあけて何かを思い出すような表情をした。 そのまま語りだす。 「ウォルター・クリザリングの父親が死に、アカデミーからこの館に戻り家督をついで間もないころ、まだ二十代の青年であった数年前。 アルビオン王家のプリンス・ウェールズに随従した多くの臣下の一人として、ラグドリアン湖畔でひらかれた大園遊会に出席した」 クリザリングの独白を聞いてルイズは、違和感と驚きを感じている。 違和感は、自分のことを第三者のように語ったこと。 驚きは、その園遊会は彼女らの主君にも深く関係があったからである。 トリステイン王家主催の大園遊会で、十四歳のアンリエッタはウェールズと出会ったのだった。 (姫さまはお綺麗だもの、ウェールズさまの他にもあの方に懸想した者が、いてもおかしくないとは思っていたけれど……) 「クリザリングはそこでトリステインの姫君を見た。 真昼の月かと思うほど、真珠のように白かった。歩みさえ踊るかと見える少女だった。 クリザリングはこの領地に戻ると、アカデミーに寄稿するつもりの論文を投げ捨て、筆をとって彼女の絵を描いた。彼女の美しさを称えようと下手な詩を作った」 内容はまぎれもなく愛を語っているはずだったが、それは異様なほど淡白な口ぶり。なぜかルイズたちは寒気を覚えた。部屋のどこかから、かすかに鼻をつく臭気がある。 それきり口をつぐんだクリザリングに、ややあってアニエスが咳払いして背を向けた。 「行くぞ」とルイズにうながしながら、最後に一つとばかりに背後に質問をなげる。 「マーク・レンデルなる無法者を、なぜ長くのさばらせておくのだ? フネまで森の警備に使っておきながら片づけられないとは信じがたいな」 「あれは以前はわが配下で、森番の筆頭だった。よく森を知っている、追いつめるのは容易ではない」 目をまたつぶったクリザリング卿は、今度はまぶたを持ち上げもせず答えた。それきり黙る。 もうしゃべる気はないと見て取った二人は、彼を静寂とともにのこして退室した。 217 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 46 20 ID 8Um2yxCF ………………………… ……………… …… 「おまえか」 ウォルター・クリザリングと周囲に呼ばれている青年は、目をあけて窓に視線を投げた。 一羽の緑色の小鳥が、窓辺でrot! rot! と鳴いている。 辟易したように彼はつぶやいた。 「遊びまわるのも大概にするがいい。正直、アルビオンに腰を落ち着けてほしくもないが……金はじゅうぶんにくれてやっただろう? おまえが下界で起こした、去年の愚かな騒ぎを許容する気はない」 小鳥が沈黙して首をひねる。青年はその黒い目の奥を見る。 小鳥の目をとおしてこちらを見ているはずの者の、悪意と嘲笑をそこに見て、青年は肩をすくめた。 「あの求婚を見ていたのか? あれこそ狂気と笑うのか? あれにはそれなりの理由がつく。クリザリングが望んだことだからな。『自分』の願い、命より優先した願いは重要だろう。 おまえの言うとおり、〈永久薬〉の名など幻想だ。どのみち地獄の季節は来て、汚穢と腐肉が満ち満ちる。いかにも、正直を言えばこの身がそうなろうと、たいした感興が湧くでもない。 人生とやらには倦じ果てた。ラ・トゥール、あの商人貴族の貪欲さがここを嗅ぎつけ、女王がここに来た以上、いずれは全てが暴かれて、この身のもろもろは終わるだろうさ」 息をついで、彼は言う。 「だから思い残しのないように、すべてのことを片づけようとしただけだ……クリザリング家がこれで絶えようと、あの塔は誰も入れぬまま、高く揺らがず存在する。 さきほど向かったあの女たちにしろ、無駄骨に終わるのみだ。おまえが心配するような問題はない。 知ってのとおりアルビオン王が消えた今、クリザリング家の血を引く者か、それに同行した者しか塔には絶対に入れないのだから……おい、やめろ」 その小鳥が、首をかしげていた。その目が小さなブドウほどに大きく見開かれている。 舌打ちをして、青年は目をあわせてやった。 吐き気をともなう感覚の衝撃が来る。ガラスの微細な破片が網膜につきささって、脳の奥でステンドガラスの絵になるかのような。 直接脳に投影される映像を、見る。 さきほども見た桃色の髪があった。 そのまま、相手の見せたいものを見せられ続ける。 218 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 48 10 ID 8Um2yxCF 青年は、いつのまにか椅子から立ち上がっていた。 血相が変わっている。 「……虚無の魔法だというのか? ああ、そんなものもこの世にあったな……かびの生えた文献にしか出ないと思っていたよ。 その映像、たしかに本物だろうな? おまえがよくやるように、つぎはぎの視認記憶を見せられたのではあるまいな。 本物だとしたら、たしかに不安だな。万が一にも塔が暴かれるのはごめんだな、アルビオン王家との盟約によって、クリザリング家は最後まで『塔のメイジ』を幽閉し続けるのだから。 では、狂いの境地を楽しむのも終わりにしよう。念に念を入れて、今生で最後の仕事を行おう」 飛び立つ小鳥に目もくれず、青年は部屋の隅に歩き、巨大な衣装だんすを開け放った。 なかからうなり声と腐った血の臭いとともに出てきたそれは、人面獅子身にワシの羽。 「ウォルター・クリザリング」は無造作に命令した。 「塔に行く者たちを襲え。館からじゅうぶんに離れてから仕留めていけ。 この部屋に先ほど来た少女、この部屋に満ちるにおいの持ち主は、かならず殺すのだぞ」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 数刻後。冒頭のルイズたちの苦難と同時刻、館。 晩餐。 アンリエッタは食卓の上座で、ラ・トゥールの秘書官に注がれるワインを傾けた。甘ったるいが後をひかない味、確かに値のわりには逸品である。 料理には合っていないが。 クリザリング卿はテーブルの向かい側でつつましやかに、マッシュルームのピュレを添えた赤やまうずらの翼肉を切りわけている。 昼時の、彼の常識を超えた求婚によって、このアルビオン貴族は館の主人でありながら独特の孤立を得ていた。 つまり周囲は、この何を考えているかわからない男を、とりあえずそっとしておくことにしたのである。 アンリエッタにしてもラ・トゥールにしても、いずれ彼とはこみいった話をせねばならないだろうが。 ラ・トゥールはアンリエッタの右手側の席に座り、ワイングラスを手に一席ぶっていた。彼と相対している左手側のマザリーニが、ときおり相づちをうって意見を返している。 ワインの給仕役をつとめる秘書官は、アンリエッタが小さめのグラスを空けるとすぐに満たしてくる。 あまり食欲はなかった。 いささかワインのまわった頭で、アンリエッタは広間の隅で警護の任についている少年を見やる。 才人は赤茶けた煉瓦の壁の前で、手を後ろにくんで佇立していた。一応じっとしてはいるが、何かに思いをはせているのか、心なしか表情が落ちつきなく見える。 アンリエッタはグラスを手に、その姿をぼうっと見つめた。ルイズが彼を残してアニエスに同行し、館を出ていってから時が経過している。 (ルイズのことを心配しているのかしら) 219 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 48 45 ID 8Um2yxCF たぶんそうだろう。多くの近衛兵がついており問題はないはずだが、それでも彼は気になるようだった。 ワインをあおりながらなんとなく少年を見るアンリエッタの両横で、向かい合った枢機卿とラ・トゥールが熱心に話している。 「……いまとなっては河川都市のいずれも、私がみずからの裁量で事を決することを支持してくれています。 数月前、わが都市トライェクトゥムの参事会が、正当な都市領主でもある私に実権をゆだねることを決意したのは、私こそが新しい発展の道をしめせると認めたからなのです。 トライェクトゥムは河川都市の盟主のようなものですから、必然的に私は彼ら全体に暗に責任を負うわけです。彼らを富ませてやらねばなりません」 「ほう、トライェクトゥムにとっても河川都市全体にとっても、貴君のような聡明な方を上にいただいたのは幸運でしょうな。 しかし並々ならぬご苦労もされておいでと思いますが。交易を空路重視に転換するという斬新な案をすすめようとされるならとくに」 「ええ、もちろん中には、少数ですが不満な者がおります。かれらは旧来の特権にしがみつこうとしているのですよ。水路を利用した、川と海の貿易にこだわっているのです。 ですが、それを打破して新たな貿易路線を開拓することは、結果としてかれらをも潤すことになるはずです。 ……いや、失礼、熱が入ってしまいました。晩餐でなんとも野暮な話でしたな」 「いやいや、実に興味ぶかい。陛下にとっても多くを学べるいい機会……陛下?」 「ええ、はい、興味ぶかいお話でした」 うわの空で返事するアンリエッタを、マザリーニが呆れた目で見た。 それにも反応せず、少女はグラスをちびりとかたむけてから、卓の上に酒でやや濁った視線を落とす。 (心配ないわよ、ルイズ。 サイト殿は、あなたのことだけが大事なのだから。 少し離れても心配するほど、本当にあなたが大事なのだから) ………………………… ……………… …… 晩餐のあと。アンリエッタにあてがわれた寝室。 まだ日没からそう間もなく、早い時刻だったが、故国を離れた遠出でここ数日間仕事づくめだったため、疲労を覚えている。 彼女はすぐに休むつもりだった。 召使の女が入ってきて、寝室の暖炉の火をかき消した。 残った熾火のみが、暗い室内に赤い光をもたらしている。退出間際の侍女にドレスを脱ぐのを手伝ってもらう。 腰帯がついた、裾がレースになった薄絹の肌着のみの姿で、柔らかいベッドに横たわる。 アルコールの余韻にたゆたいながら、アンリエッタはもう一度考えた。 (クリザリング卿はどうして、わたくしに求婚したのかしら。 そもそも、あれは本気なのかしら) 220 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 49 17 ID 8Um2yxCF クリザリング卿が自分を見たときの顔を思い浮かべる。 わからない。ただ勘ながら、あれはまるきりの冗談ではないと思う。 かといって、身分違いも気にしないという真摯な想いを寄せられているのかというと、そこが微妙なのだった。 布のうえでしどけなく寝返りをうつ。 人目を考えず自由に恋愛する権利など、王族に生まれたときからない。それは、彼女も身にしみていた。 互いに想い、身分と家格がつりあってさえ結ばれなかった。 彼女がはじめて想いを寄せた相手は、このアルビオンの皇太子で、従姉妹の自分とおなじく王家の出だった。それでさえ、秘めた恋にするしかなかったのだ。 夜の影のなか、熾火がくすぶる暖炉。寝台のうえで、少女は体を丸めて想いに沈む。 指にはめた風のルビーは、今夜はいまだ外していない。 この空の上の白の国、彼女のかつての想い人がいたアルビオンで、寝台に横たわったアンリエッタは彼の形見のルビーをそっと撫でる。 (あなたはここの王になるはずでした、そしてわたくしはゲルマニアに嫁ぐはずだったわ) 運命は烈風となって、その未来は羽毛のように吹き散らされ、ウェールズ・テューダーは皇太子のまま死に、そして自分はトリステインの女王になった。 「国のために嫁ぐ」ことを当然と育てられ、実際にゲルマニアに嫁げと言われて諾々と従ったあとでも、アンリエッタは想いが叶うことをどこかで夢見ていた。 子供の盲目的な恋だったかもしれない。それでも子供なりに純粋に、三年間想いつづけたのだった。 自由を奪われていく姫としての暮らしの中、それだけを夢見て生きていたほどに。【四巻】 つくろっていた愚かさをさらけ出すほどに。 ウェールズの亡霊が現れたとき、彼が死者だとわかっていながら何もかも捨てかけたほどに。殺した彼の死体さえも利用した敵を、深く憎悪して戦火を燃えあがらせたほどに。 夢は砕けた。当たり前のように叶わず、無残な形で終わった。 アンリエッタはぼんやりと爪を噛む。 (焦がれて狂って、残ったものは……みじめさと悔恨と、罪だけだった) まもなく嫁ぐはずだったアンリエッタが、危険をおかして亡命をすすめてもウェールズは断った。 そして最後の瞬間に、彼は愛を誓ってくれなかった。彼女に、他の者を愛することを誓わせて死んでいった。 それらはたぶん、彼の優しさというべきなのだろうけれども。 それでも、アンリエッタの抱いた愁傷は、その瞬間を思い返すたびに虚しさをつのらせる。 せめて心が添えていたなら、夜毎に自分はこうも寂しさを覚えなかったのだろうか。 わからない。ただ、冷えて乾いた暗黒が胸にあるのは確かだった。 221 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 49 48 ID 8Um2yxCF 後になって、それを埋めてくれる相手がいるかもしれない、と思えたことがあった。 自分を叱咤して止めてくれた『使い魔さん』のことを考えて、少しだけ胸の暗黒を忘れることができた時に。 一度あきらめたはずだったけれど、先の秋にまた心を燃えたたせてしまったのだった。 (サイト殿のことはもう考えてはだめ、忘れなくては) どのみち、それも叶うことはないのだから。これが恋であるか完全な自信はないが、たぶんそうだとしても、幸福に終わることなど決してないだろう。 彼女なりに、この冬のあいだ考えていたことだった。 どうせ終わるのなら、傷が浅いうちに、いま自分の意思ではっきり終わらせるべきだと。 だから今日ルイズにちゃんと言ったのだった、張り合うつもりはないと。 ただ救いとしては、しばらく続いたルイズとの気まずさもこれで解決するはずだ。クリザリング卿の唐突な求婚は、自分の立場を思い出させてくれるという意味で役に立った。 それなのに、ゆっくり冷えていく部屋の夜気の中、少しずつ想いはつのるばかりだった。 彼は今夜、すぐ近くにいるのだ。 思い浮かべてしまう。黒い髪の毛、黒い瞳。 ぶっきらぼうな優しさ。 時折ルイズに向ける深い愛情のまなざし。 彼はいま、この部屋と廊下をはさんで反対側の部屋に寝ている。護衛の慣例として、何が起こっても即座に駆けつけられるように。 彼はどんな夢を見るのだろう。それともルイズのことを気にかけて、自分がこうしているようにまだ起きて、ひっそりと想いに沈んでいるのだろうか。 想像するぶんだけ、独り寝の寂しさがますますつのり、まどろんで半ば夢のなかにたゆたいながら、瞳がうるんで艶をおびていく。 (……なにか、おかしくないかしら?) 妙だった。アンリエッタはベッドから身を起こした。 どこかに違和感がある。あの少年のことが、頭からまったく離れなくなっている。それどころか、少しずつその存在がふくらんでいく。 首をふってまぶたを押さえようとしたとき、どくりと胸が強く脈打った。 気がつくとふらふらと立ち上がり、部屋を出て心の命じるところに行こうとドアノブに手をかけていた。 われに返り、女王ははっと顔色をかえてその手をはなす。 まさか、と思った瞬間に、胸の中で予兆のあったなにかがはっきりと首をもたげた。 呼吸が荒くせわしなくなり、体温が熱くなっていく。 よろめいて心臓をおさえるように胸元をつかんでから、アンリエッタは飛びつくように部屋の隅の手荷物をさぐった。 大して多くもなく、侍従が念のために携帯させるそれには、応急用のさまざまな医薬品、調合した薬類が入っていた。 222 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 50 23 ID 8Um2yxCF \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 夢うつつに、起きてサイト殿、と呼びかけられたような気がした。 「……んにゃ?」 体をゆすぶられ、寝ぼけまなこで才人はベッドから上体を起こした。 暗い部屋の中。ベッドの上、起き上がった彼の目の前に、やや荒い息づかいをもらす何者かがいた。 おもわず声をあげようとして、才人は口を温かい手のひらでふさがれた。 どこか重苦しい声で、その人影はささやいた。 「わたくしです、静かに」 「ひ、姫さま?」 何だってまた。才人はそう問おうとして気づいた。アンリエッタの呼吸は苦しげなものだった。 彼女はベッドから離れ、ベランダに出るガラス窓のそばに立って、リンネルのカーテンを開けた。 月光の中で振り向きながら、肌着にガウンをまとったのみの格好で、声を震わせて才人に告げる。 「毒の類を盛られました。おそらく晩餐のときに」 一瞬で目が覚め、才人ははね起きた。血相を変えた彼の様子を見て、あわてたようにアンリエッタが補足する。 「だいじょうぶ、解毒薬は服用しました。さいわいにも即効性ではなかったのです。 いまはまだ正直、気分がすぐれませんが、じきに良くなるでしょう。のんだ万能解毒薬は、多くの毒に対応できる分、すこし効き目が遅いともいいますから。 それに、正確には毒というわけではなかったので……いえ、とにかく命に別状があるようなものではありません」 よくわからず、才人はとまどった声でたずねた。 「毒ではない?」 「ええ、ですが善意の産物とはとても言えません。 聞いてください、サイト殿。ルイズやアニエスたちを即刻呼び戻します。マザリーニと他の護衛たちもすぐこの部屋に集めて――」 アンリエッタの言葉が終わらぬうちに、突然の轟音が夜を裂いて響きわたり、露のおりた窓ガラスを震わせた。 息をのんだ二人が一呼吸置く間もなく、窓の外から銃声と、大勢がぶつかり合うときの吶喊がつづく。魔法の攻撃もさかんに発されているらしく、雷閃のような光がガラスから次々にさしこむ。 アンリエッタがよろめくように後じさって窓から離れた。 223 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 51 33 ID 8Um2yxCF 廊下のほうからも何者かの叫びが聞こえた。 才人はとっさにベッドから降り、靴をはくのもそこそこにドアに走り、ちょうつがいをかけた。 何故そうしたのか、自分でも明確な説明はできなかったが、ただわけもわからぬ不安に突き動かされたのだった。 才人がドアから離れないうちに、廊下を走ってくる音が聞こえた。 すぐに音をたててノブが回され、つづいてドアが外から激しく乱打された。 才人はドアから距離をとる。入ってこようとしている外の誰かに「だれだ? 何があった?」と呼びかけた。 返事はなく、唐突にドアが体当たりをされたように激しく揺れて軋んだ。 堅い樫のドアが内側にややゆがんだのを見て、(魔法をぶつけたな)と才人は判断した。 愕然と立ち尽くしているアンリエッタを振り向き、才人は「逃げましょう!」と意見を述べた。 アンリエッタが信じられないとばかりに首をふる。 「このような……こんな大胆な真似をするなんて。以前とは違う、軍はすぐ近くにいるのに」 領主は平民の共和主義者と違い、多くは領地から離れられないという点では、反乱を起こせば根絶するのはより容易だ。 「これがラ・トゥール伯爵、クリザリング卿のいずれが起こしたものにしろ、こんな軽々しく反乱のような真似をして、三日と無事ですむはずがないのに」 今この館では、アンリエッタ以外ではその二人しか、まともに動かせる兵力を持っていないはずなのだ。 女王の護衛の多くが出はらっている今、外の戦闘はおそらく、彼らが戦っているものだった。一方が女王に毒を盛り、こうして牙を剥いてもう一方に攻めかかっているのだろうか。 才人は深く考えることは避け、早口でせっついた。 「そこは俺にだってわかりませんよ。相手が誰でもいまはとにかく逃げなきゃ」 館を出て、速やかにアニエスたちのあとを追い、合流する。それしか今は思いつかない。 才人は身をひるがえしてベッド枕元のデルフリンガーをつかみ、それを抜く。 ガラス窓をあけベランダに出て、アンリエッタに「魔法で飛んで庭に下りて」とうながしかけた時だった。 ベランダの白木の桟、すこし離れた箇所に飛来した炎の玉がぶつかって、その箇所を瞬時に消し炭に変えた。 同時に背後で、くりかえし魔法をぶつけられていた部屋のドアがついに金具がこわれて吹っ飛んでいる。 やべえ猶予がねえ、と青くなった才人は、とっさにアンリエッタの腕をつかんで引き寄せ、抱きあげた。 ほっそりした柔らかい体が腕のなかで驚きにこわばるのも、考慮している暇はない。 ガンダールヴの身体能力を発揮して、さっさと下に飛び降りる。花壇のゼラニウムを踏みつぶし、少女を横抱きにしたまま走り出した。 224 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 52 53 ID 8Um2yxCF 昼のようにあかるい月光に照らされた館の庭では、どちらがどちらとも知れぬ二陣営の戦闘が行われている。 開始から数分もたたないというのに、炎と矢と叫喚が溢れはじめていた。 それをまわりこんで避け、ひたすら離れるように、才人は森めがけて走った。 ガンダールヴの力を出すため、アンリエッタを両腕でかかえながらも逆手持ちで器用に剣を持ったままではあるが、むろん戦えるはずもない。 館をとりまくブナの森に逃げこむことには成功した。 ほんの少しでも怒号ひびく戦場から遠ざかるべく、暗い森のなかを枯れ枝と落ち葉を踏みながら走り続ける。 「お、おろしてくださいまし」と腕の中から妙にかぼそい声が聞こえたが、才人は「もう少し離れてから!」と無我夢中のまま突っぱねた。 居心地悪そうに才人の胸でちぢまっているアンリエッタが、自らの異変に気づいたようなうろたえた表情になった。 それが少しずつ熱っぽく朦朧とした顔になっていくが、闇の森中で転ぶまいと注意をはらって走っている才人に気づく余裕はない。 ………………………… ……………… …… 長くガンダールヴの力を使うわけにもいかず、けっきょく才人は途中からアンリエッタの手をひいて走っていた。 うなだれたブナの枝がときおり顔に当たり、夜露でぬれる。 青寂びた月光が木の葉のあいだから洩れている。それが夜風とともに揺れている中を、二人は小走りで走りつづけた。 「サイト殿、待って、待って、わたくし……!」 アンリエッタがその声とともに、よろめくように極端に遅くなってきたのを感じ、才人はやむをえず足をゆるめた。 少々ばてるのが早いなと思うが、疲れるのは無理もない。とりあえずここまでくれば大丈夫か、と思いもした。 足を止めたのは、木々のひらけた森中の空き地だった。月と星の光が冷たくふりそそぐその場所で、才人ははじめてアンリエッタを振り向いた。 「姫さま、失礼しました。でも、やっぱり今は急がなきゃ。 それで、ルイズたちの向かった場所ですけど」 デルフリンガーをおさめ、葉の露と汗でぬれた額を服の袖でぬぐいつつ言おうとして、才人はその手をとめた。 アンリエッタの様子が妙である。 走っていたときからであろうが、寒さとは別の種類の震えが女王におとずれていた。 「……姫さま?」 大きく胸を上下させ、白い呼気が荒いのは走ったためとしても、それだけでは説明できないほど妙に足元からふらついている。 月明のなか、わずかに伏せられた少女の瞳がうるんでいるのも見てとれた。 そのあえぐように薄く開いている唇が震え、「もうだめ」と幽かな音をつむいだ。 「姫さま? どうし――」 225 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 54 04 ID 8Um2yxCF 才人の声は途中で封じられた。問いを発しかけた口ごとふさがれた。 倒れこむように少年の胸にすがりついたアンリエッタが、のびあがって首に手をまわし、歯がぶつかりそうな勢いで唇を重ねたのだった。 才人が目を白黒させている間に、唇が一度離される。 「ちょ、何、」 才人がテンパった声を出せたのはつかの間、すぐまた湿った唇を重ねられる。 アンリエッタの体、唇と吐息。すべてが熱く柔らかく激しい。 露にしめった栗色の髪からただよう良い匂い。 華奢な身体でもぐいぐいと押しつけられると、才人までよろめいて後ろに下がってしまう。 ななめにかしいだ大きな倒木にぶつかり、背をあずける。そのまま二人してその場にずるずるへたりこむ。 冷たい地面に尻をつけて座りこんだ才人に、抱きついたままのアンリエッタが降らせる口づけの雨が止まない。 「ちょっと――ちょっと待った! なんなんです一体……むぐ」 パニックになりかけたところでひときわ深く唇を重ねられる。 かえって閃くものがあった。唐突な錯乱、盛られたという毒に近い何か。以前にも、才人は似たような状況を見たことがある。 ま、まさか、とアンリエッタの肩をつかんで離しながら問いかける。 「盛られたのって……『惚れ薬』のたぐい?」 その問いに、アンリエッタはうるんだ目を伏せて荒い息をつきながら、こくりとうなずいた。 マジかよおい、と才人はうめいた。 たいがいろくでもない結果しか生まないあの薬の仲間に、またもお目にかかるとは思わなかった。しかも、こんな状況下で。 「待ってください、解毒薬をのんだのでは?」 「のみました! のんだ、のに……おかしいのです、どんどんぶりかえして」 ほとんど唇がふれあう距離で、ささやきを交わす。 苦しげな熱っぽい声。月光でさえわかるほど、アンリエッタの顔は赤らみ、目尻の下がったまなざしは甘く濡れていた。 原因がわかっても、対処法がわからない。 才人がアンリエッタの肩をつかんだまま固まっているうちに、彼女は「薬、薬……」とうめいて、せわしなく自分の肌着の胸元に手をかけ、前あわせの紐をほどきはじめた。 「ちょっ、待て姫さま待ったストップ、しっかり気を持って!」 「ち、違います、服の下に解毒薬が! ああもう、背中側にまわって……!」 226 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 54 52 ID 8Um2yxCF 万が一のために、とっさに万能解毒薬をアンリエッタは懐に入れてきたのだった。が、横抱きにされたり走ったりで、気がつくと自分では手を入れられない背中のほうに薬の瓶がある。 その肌着はサッシュベルトで腰のあたりを締める様式なので、下のほうから取り出すこともできないのだった。 どのみち胸元の紐か腰の帯かをほどかねばならないのである。 「サ、サイト殿、取り出してください」 至近距離でそう言われ、才人は絶句した。 つまりなにか。えり元から背中に手を突っこんで解毒薬を取りだせということか。 あ、う、とうめいて逡巡する才人に、とうとうアンリエッタがせっぱつまった声で叫んだ。 「はやくして、わたくしに意思があるうちに早くして!」 やむをえず、才人はアンリエッタの暗紫色の絹ガウンを取りのけ、背中側に手をまわして、うなじの方から肌着の中に手を差しいれた。 すがるように才人のマントの前をつかみ、かぼそく震えていたアンリエッタが、背中に手を入れられてかすれた声をもらした。 その声と、汗で蒸れた素肌の温かくすべやかな感触に、才人まで顔が赤くなる。 「え、えっと、あれ? あ、腰帯のあたりまで落ちてるのか……」 肌着に腕までを突っこむと、少女の身体がびくんとはねた。 「あっ、くっ、くすぐらないで!」 くすぐってねえよ妙な声を出すなよ、と才人はますます動揺した。 頭をうつむけて、もぞもぞと背中で動く才人の手に耐えているアンリエッタが、恥じらいと熱のこもった呼吸の歌をつむいでいる。 「……あ……ぁ…………」 227 :黄金溶液〈上〉(白い百合の下で・3):2007/11/28(水) 01 55 22 ID 8Um2yxCF 聞くな俺聞くな、と少年は腕を深くまで進めてまさぐりながら意志を総動員している。 「……やっぱり、……だめ……」 ふと、アンリエッタの顔が上げられた。 才人はぞくりとした。自分を見つめる少女の目の奥、異様な光がある。理性が先ほどよりあきらかに磨耗した様子。 何を言うひまもなく、また首に腕をまわされて唇を奪われる。今度は、熱い小さな舌が入ってきた。 待ておい何だこの状況、と才人はその舌を自分の舌で必死で拒みながら、思考をつなぎとめる。 湿った微風と木漏れる月光が混ざった森の中。冷たい泥の上にへたりこみ、自分は女王の肌着(背中側だが)の下に手をつっこんで、アンリエッタからは熱烈な口づけを受けている。 この状況下で混乱しかけていた才人が気づかなかったのは、無理もないかもしれない。 夜風を切って矢が飛んだ。それは二人の近くの木に突き立ち、矢羽を震わせた。 はっとして顔を起こした才人に、「動くなよ」と今度は上方の木のこずえから声がかかった。 「獣の待ち伏せに、妙なものがかかったな。数人がおまえたちに狙いをつけている、樹上と木々の間から。 といっても、どうやらおまえたちは我々の敵ではないと思えるがね」 「誰だよ、あんたら?」 才人は剣を抜きかけた手をそのままに、そうたずねた。 頭上から身をおどらせた人影が、地面に降り立った。 中肉中背の、小太りの農夫のような風貌をしたその男は、あっさりと名乗った。 「どうも。マーク・レンデルだ」
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4384.html
523 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/03(日) 13 18 34 ID tj4aTytj 怒涛のような午前中の競技が終わり、昼の時間に入ろうとした頃。 嵐はやってきた。 結局勝負は三人が三人ともターゲットを同じくしたため、結果として全員棄権となり、うやむやになった。 そのせいもあって、誰が才人とお昼を食べるかで骨肉の争いを繰り広げていた時。 風の魔法でもって、会場に高々とアナウンスが響き渡った。 『ミス・ヴァリエールとヒラガサイト氏は、ただちに大会運営本部までいらしてください』 ようやく才人の右腕を取り戻したルイズが、振って沸いたアナウンスに勝ち誇った顔になる。 「と、いうわけだから。サイトは貰っていくわね?」 そう言ってルイズが無理矢理右腕をぐいっ、っと引っ張ると、左腕に捕まっていたシエスタは仕方なく手を離す。 「しょうがないですねー…。 でも、お弁当用意して待ってますからね♪サイトさん♪ 終わったら迎えに行きますねー」 しかしあくまで才人との昼ごはんを譲る気はないらしく、弁当の入ったバケットを胸元に持ち上げてシエスタはにっこり笑った。 才人もなんとなく笑い返す。ひきつった笑顔のルイズのカカトが、才人のつま先を思い切り踏み潰した。 「…で、あんたもいい加減離したらどうなのよ」 言って、ルイズは才人の胸元に張り付いたタバサを見る。 タバサは才人の首に手を回して、抱きついていた。 タバサは一瞬ムっとした顔をしたが、手を離すと、今度は胸に抱きついた。 そして一言、 「…待ってるから」 そう言って、才人から離れた。 才人は泣きそうな顔のタバサの頭を軽く撫ぜてやった。 ルイズは満面の笑顔で、先刻タバサがしていたように、才人の首に抱きついた。 そしておもむろに首をロックし、膝をその鳩尾に叩き込む。才人は一撃で堕ちた。 最近のルイズの蹴り技は、殺人級に冴え渡っている。才人という優秀なサンドバックがいるおかげだろう。 「行くわよっ、犬っ!」 ルイズは才人の襟首をがっちり掴むと、遠慮なく引きずっていった。 その先に、何が待っているかも知らず。 524 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/03(日) 13 19 39 ID tj4aTytj 運営本部は、大型の野外テントの中にあった。 その中には、運動会の提唱者であるオールド・オスマンと、何故か臙脂のブルマを履いた体操服のアニエスがいた。 そしてもう一人。 奥に控えるその人物は、マントのフードを目深にかぶり、顔を隠している。 ただ、その口元とマントの上から見て取れる曲線から、女性であると知れた。 その正体はようとして 「…何やってんですか姫様」 才人を引きずって天幕に入ったルイズが、呆れたような顔で言った。 この2人が揃っていて、一人が顔を隠しているとなればその正体の予想もつくというものだ。 三人は慌てて円陣を組み、『な、なんでバレるんですかっ』『だからあとから入ってくださいとアレほど!』『まあお約束じゃしなあ』などと小声で話し合う。 そして少しすると、話がまとまったのか、三人は改めてルイズに正対する。 …その頃には、真冬の風のような冷たい空気が辺りを覆っていた。 最初に口を開いたのはオールド・オスマンであった。 「えー、おほん。 キミを呼びつけたのは他でもない」 しかしルイズは半眼のまま、遠慮なくフードを目深にかぶったままのアンリエッタにガンを飛ばす。 …またサイト狙いで来たわね、このわたあめ姫は…。 すでにルイズの中でアンリエッタは敬愛するべき女王ではなく、『サイトを狙う女その一』に変わっていた。 ライバルである以上、手加減も遠慮もいらないわけで。 「…回りくどい事はなしにしませんか、姫様」 すでにルイズは戦闘状態だ。 暗闇でギーシュが見たら卒倒しそうな視線で、アンリエッタを睨みつける。 「無礼だぞ!ミス・ヴァリエール!」 アニエスがすごむが、ブルマに体操服では様にならない。 剣も持ってないし。 ぶっちゃけた話、この格好でサイトを誘惑しちゃおっかなー、などと邪念を抱いていたりしたのだが。 その肝心の才人が、ルイズにギタギタにされて目を回していては意味がないのである。 525 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/03(日) 13 20 20 ID tj4aTytj そのアニエスの言葉に反応したのは、ルイズではなくアンリエッタだった。 「いいのですアニエス。 …これは、私と、ルイズの問題です」 言って、フードを跳ね上げる。 そこから現れたのは…見紛う事なき、アンリエッタ女王。 現トリステイン国王にして、ルイズの幼馴染。 そして才人を巡る、最大最強のライバルであった。 その瞳に炎を宿し、負けじとルイズを睨みつける。 あくまで、そのにこやかな笑みは崩さぬまま。 「…よく、私と分かりましたねルイズ・フランソワーズ」 ルイズも、マリコルヌくらいなら平伏して屈服のポーズをとりそうな視線でアンリエッタを睨み返す。 完璧な笑顔で。 「…毎度毎度、登場シーンがお約束すぎるんですよ姫様は」 「あら、これでも気を使っているのよ?そういう細やかな部分はルイズには難しかったかしら」 「そんな些細な事にまで気を使わなければならないなんて。女王という仕事は閑古鳥の鳴く食堂の給仕並みに忙しいのですね」 「それほどでもないわ。王家からのおこぼれを乞食のように貪るのに忙しい貴族ほどでもないもの」 「…その通りですわね姫様。おほほほほほほほほほほほ」 「…いやだわルイズったら。おほほほほほほほほほほほ」 視線が火花を散らし、天幕内を殺気の嵐が吹きすさぶ。 二人とも直立不動で笑顔を見せているが、形を成した龍と虎の気は牙をむき出して唸りあい、お互いの喉笛を引き裂こうと隙を伺っていた。 「こ、これが貴族の闘い…っっ!」 あまりの殺気に、アニエスは唾を飲み込み、あとずさる。 「…ええのう若いもんはー」 好々爺の笑みで、オールド・オスマンは知らん振りを決め込んだ。 「うわっ、なんだなんだぁっ!?」 凄まじい殺気に才人が目を覚ますと、そこでは鬼が二匹、睨みあっていた。 才人の声に、一瞬で鬼が消え、究極の笑顔のアンリエッタと、至高の笑みのルイズが、才人を振り返った。 「あ、お気づきになりましたか、サイトさん♪」 「おはよう、サイト♪」 笑顔の二人に、才人は何故か大量の脂汗をかきながら、 「お、おはよう」 と返すのが精一杯だった。 …ちぃ。 …よし一本先取っ! 二人の心の中だけで、先制ジャブの応酬が繰り広げられていた。 526 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/03(日) 13 21 54 ID tj4aTytj そうだ、こんな些事には関わっていられない。 アンリエッタは口を開いた。 大事な事を、憎き親友に伝えるために。 「…アナタを呼び出した用件、話してもいいかしらルイズ・フランソワーズ?」 口火を切ったアンリエッタに、心の準備を整え、先制ジャブを決めたルイズは返答する。 …どっからでもかかってらっしゃい。 「…どうぞ」 アンリエッタは軽く息を吸って、言い放った。 「今から、私とアナタで勝負をします。 運動会の一競技として。 …サイトさんを賭けて!」 そして、身体を覆っていたマントを勢いよく放り出す。 翻って飛んだマントの下からは、紅いブルマと体操服に包まれた、アンリエッタの肢体が現れた。いつのまにか、王冠の代わりに真っ赤なハチマキを巻いていた。 …放り出されたマントに絡みつかれ、『おお、ひめさまのにほいいいいいいいい』などと狂っているオールド・オスマンをアニエスが踏みつけていたが、二人は気にしない事にした。 少しの間呆気にとられていたルイズだったが、やがて、凛とした態度でアンリエッタの言葉に応じた。 「…なるほど、そう言うことですか…」 ルイズは、『サイトは私のものだからそんな勝負意味ないわよっ!』とか言いそうになったが、改めて考え直した。 …この機会に、白黒はっきりさせたろうじゃないの…! 「ラ・ヴァリエールの名において。 受けて立ちますわ、姫様…!」 …かかった。これで、王室が運動会を後押しした甲斐もあるというもの…!! アンリエッタは心の中で勝利を確信した。 …ルイズは勘違いしている。 …私がルイズより運動音痴だと。 甘い。甘いわねルイズ・フランソワーズ。 王族が王族である所以。それは、国民の誰よりも、優れた『血』を引いているから…!! 私は運動に於いても、頂点に立つ女…!! 一週間のアニエスとの特訓は、伊達じゃなくってよ…!! そして、二人は再び睨み合う。 「うふふふふふふふふふふふ」 「おほほほほほほほほほほほ」 二人の視線が、再び火花を散らす。 運動会を揺るがす、究極のエキシビションマッチの開幕は、もうすぐそこであった。 「こえーよ、二人とも…」 賞品が呟いた。 622 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/06(水) 22 46 59 ID ZH+Ptefn 昼を少し回ったころ。 学院の中庭に設えられた円形の競技場を、たくさんのブルマが取り囲んでいた。 トリステイン王国近衛騎士団、銃士隊である。 「ふむ。 女生徒の未成熟なぶるまぁ姿も良いが、完成した女性のぶるまぁ姿というのもなかなか」 と変態な発言をかましたオスマンがアニエスに踏み潰されている。 なんだなんだ、と、昼食を終えた生徒たちが競技場を取り囲む。 その円の中心には、二人の体操服姿の女性が。 「あれ?あそこにいるのラ・ヴァリエールじゃない」 コルベールの肘を胸の谷間でサンドイッチにしながら、キュルケが言う。 当のコルベールはいといえば、必死に猫背になって何かを隠している。 薄い布地ごしにヒットする柔らかいおにくと、ポッチの感覚に元気にならない息子なんていないからだ。 キュルケの指摘のとおり、競技場の中央で対峙する相手を睨みつけているのは、ルイズその人であった。 「じゃあ、あの人は?」 対峙している、紅いハチマキの女性を見る。 どことなく高貴な雰囲気。整った顔立ち。体操服に身を包んでいるものの、その顔は見まごうこともない。 「え、アンリエッタ女王!?」 驚くキュルケ。 それとほぼ同時に、気づいた生徒たちがざわめき始める。 そのざわめきを沈めるように、風の魔法で拡声された女生徒の声が響き渡る。 『えー、ただいまより、本運動会のエキシビジョンマッチを開始いたします。 それでは、出場選手のご紹介をさせていただきます』 その言葉と同時に、一陣の風が競技場を駆け抜け、二人の髪を揺らす。 『白組代表、魔法もゼロなら胸もゼロ!歩く暴言、ミス・ヴァリエール!』 その放送と同時に、会場がどっと笑いに包まれる。 あによこの解説、私にケンカ売ってんの、などとルイズが競技場の中央で放送に向けて真っ赤になって怒り狂う。 そして、何事もなかったかのように放送はもう一人の紹介に入る。 『赤組代表、美貌も魔法も超一流!我らが国王、アンリエッタ女王!』 その放送と同時に、会場に、やっぱり女王様だよ、すげーマジかよ、などとざわめきが広がり、次の瞬間喝采が鳴り響く。 「アンリエッタ女王万歳!」「トリステイン万歳!」 「姫殿下すてきー!」「女王さまあああああああ!」「ぶるまアンさま萌へえええええええええええ!」 一部アレな声援も混じっていたが、アンリエッタはその声援に手を振って応える。 …ふ。これが『人徳』というものよルイズ・フランソワーズ? …ま、まだ勝負は始まってないもん…! 視線だけで会話を交わし、二人は競技場中央で相対する。 624 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/06(水) 22 47 33 ID ZH+Ptefn 『なお、勝負は3セット2本先取。 特別審査員として、シュヴァリエ・サイト様が審査を担当しまーす』 その放送に合わせ、競技場脇の、『審査員席』と書かれた天幕の下にいた才人が、手を振った。 なんでサイトがあんなところに、と生徒から疑問の声が上がったが、事情を知らない者達からすれば当然のことだろう。 実は審査員どころか賞品扱いなのだが、それは本部すらも知らない。 『公平を期するため、競技は運営本部によって選ばれた競技を、抽選によって選びます。 それではサイト様、第一競技を選んでください』 放送と共に、才人の前に上面に丸い穴の開いた小さな箱が持ってこられる。 どうやら、この中に競技を書いた紙か何かが入っているらしい。 才人は穴に手を突っ込み、小さく畳まれた一枚の紙を取り出した。 係りの生徒にそれを手渡すと、その生徒は小走りに運営本部にその紙を持っていった。 『えー。第一の競技は『料理』!』 …それって競技なのかよ!、と才人は心の中で突っ込んでいた。 勝てる、勝てるわ! 私は勝利を確信した。 最近私は、シエスタについて、料理の練習をしている。 姫様程度には負けない自信はあった。 …やっぱり、料理くらいできないと、その、ほら。 …お嫁さんになったとき困るじゃない? まままままままあ、まだ気が早い気もするけど!でも準備は早いに越したことないし! コックにまかせればいいかもだけど、やっぱほら、旦那様には手料理食べてほしいじゃない? んでもって、『それじゃあデザートにルイズを頂こうかな』なーんて!なーんて! やだもう!何考えてんのかしら私ってば! 「…あのー?ミス・ヴァリエール?」 厨房のお兄さんの声に現実に戻された。 あ、危ない危ない。危うくアッチの世界に行くところだった…。 私はエプロンを身に纏い、急ごしらえの釜戸と台の前にいる。その前には、厨房からかき集められた食材。 これらは全て、厨房の人たちが準備してくれたものだった。 「で?何を作ればいいわけ?」 料理のお題は、サイトが考える事になっていた。 …シチューとかだといいんだけど。 正直揚げ物はまだ怖くて苦手なのよねえ…。 「『ニクジャガ』、だそうです」 …聞いたことのない名前ね? またサイトの世界の料理なのかしら…。 「シュヴァリエ・サイトの田舎の料理だそうですよ?」 やっぱり。まーた、厄介なもの出してくるわねえ…。 でも、私はここのところの料理修行で一つ調理のコツを掴んでいた。 料理っていうのは名前から中身が想像できるモノ。 ニクジャガ…ニクジャガ…。 響きから考えてたぶん焼きもの。 うん、ピンときた。 これは魚料理ね! 早速私は調理にかかることにした。 625 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/06(水) 22 48 17 ID ZH+Ptefn 俺は目の前に並んだ二品の料理を見て。 …勢いで『肉じゃが』って言ってしまったのを後悔した。 こっちにゃ肉じゃがないのかなあ…。 ルイズの出してきたものは、アンコウのような触手を二本生やした、赤黒い色の魚を焼いたもの。 …匂いがやけにスパイシーなのが気になる…。 姫様の出してきたソレは、棒に何かを練ったものを盛って、焼いたらしきもの。 …コゲてるわけでもないのにひたすら黒いのは何故だろう…。 『さあ、二人の料理が出揃いました!審査の結果やいかに!』 …喰うのか、これを…? 俺がそうやって審査員席で躊躇していると、競技場で不安げにしている二人が目に入った。 …一応、俺のために作ってくれたんだよなあ…。 ええい、どうとでもなれ、だ! 俺はまず、味の想像のつきそうなルイズの料理に手を着けた。 魚を一切れフォークで刺し、口に放り込む。 「ぶーーーーーーーーーーー!」 思わず吹いた。 辛い辛い辛い辛い辛い辛いからい!! 案の定ルイズの作った『肉じゃが』はとんでもなく辛かった。 俺は横に準備してあったコップの水を一気に飲み干した。 一口でこれか!キツすぎるぞコレ! …ルイズがなんかガン飛ばしてるけど。 ゴメンルイズ。コレは喰えない。 んじゃあ、今度は姫様の…。 これも、なんだかなあ…。 匂い…は、肉っぽい匂い。 ただ、色がなあ…。 ええい、どうとでもなれ、だ! 俺はその棒をつかみ、なぞの料理を口に含んだ。 「げほ!げほげほ!」 …思いっきり咽た。 苦い苦い苦い苦い苦い苦い苦い! ナンダコレ。焼いた正露丸の味がするぞ。 …いったいどうやったらこんな料理ができるんだろう…。 「して、結果はどうですかなサイト殿?」 隣に掛けたオールド・オスマンが面白そうにそう聞いてくる。 …いや、これは…。 『審査の結果、第一競技は『ひきわけ』となりましたー』 102 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/10(日) 00 56 45 ID x8NPsJ2T 引き分けとなった第一試合に引き続き、第二試合が行われる事となった。 競技場中央に設えられたキッチンコロシアムもどきは撤去され、再び才人の手に抽選箱が委ねられる。 そして、次なる競技は…。 『えー、次の競技は『格闘技』!『格闘技』となりましたー』 のきなみざわつく観客たち。 当然といえば当然である。 仮にも一国の女王が、直接殴りあいをしようというのだ。 心配になるのも当然と言えよう。 「アン様とくんずほぐれつ…!」「羨ましいぞヴァリエール!」 「代わってくれぇぇぇぇぇぇ!」「むしろ踏んで下さい!」「いや、俺はヴァリエールたん萌えなのだが」 …一度この学院は教育というものを見直したほうがいいだろう。 しかし、その心配は杞憂に終わる。 『えー、運営本部より、陛下が直接闘うのはアレだということで、双方代行を立て、その方々に勝敗を決して頂きます』 その代行に指名されたのは。 アンリエッタ側に、アニエス。 そしてルイズ側が、才人であった。 …なんで審査員の俺が…。 競技場中央に作られた急ごしらえの四角いリングのコーナーで、才人はため息をついていた。 その対面側のコーナーには、体操服のアニエス。 正直、才人は闘う気がしなかった。 剣での勝負ならともかく、拳での殴りあいなど、したくない。 相手が女の子ならなおのこと、である。 しかし、リングサイドから、容赦のない声が飛ぶ。 「サイト!負けたら許さないんだからね!」 …このご主人様はー…。 しかし、逆らったら後が怖いので、とりあえず才人はリング中央に向かう。 同じように、アンリエッタから檄を受けたアニエスが、中央に向かってくる。 その間に、審判役のギトーが立つ。 「えー、双方、武器の使用は禁止。 地面に10カウント組み伏せられるか、場外に落ちたら負け。以上がルールだ」 ルールの確認後、アニエスが手を差し出してくる。 「正々堂々やろうじゃないか、サイト」 握り返す事を躊躇している才人に、アニエスは続ける。 「何を心配している?素手でもお前程度に後れは取らんぞ。 遠慮はいらん。私も本気でやるからな」 確かに、アニエスなら本気で闘っても問題はないだろう。 才人は腹を決めて、アニエスの手を握り返した。 「本気で行きますよ、俺も」 そして、試合開始を告げるギトーの声が、競技場に響いた。 103 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/10(日) 00 57 35 ID x8NPsJ2T 先手を打ったのは才人だった。 地面を蹴り、鋭い左を真っ直ぐに打ち込む。 アニエスはそれを余裕の動きで避け、そのままその腕を取った。 そして巻き込むように体を回転させ、才人を地面に転がす。 「うわたっ!?」 背中を打ち付けて初めて、才人は自分が投げられた事に気づいた。 いかに戦闘経験があるとはいえ、格闘戦に関しては才人は素人だった。 そのまま、アニエスは才人に馬乗りになる。 そして何を思ったのか、傍目にはキスしそうな距離にまで顔を近づける。 「さて、負けを認めるならこの辺りでカンベンしてやるぞサイト?」 しかし才人とて男である。しかも愛しいご主人様の期待までその背に負っている。 負けるわけにはいかないのである。 才人は懸命に上半身を起こそうとしながら、反論した。 「この程度でっ、負けるわけには…!!」 しかし才人の抵抗は無駄だったのである。 アニエスは何の遠慮もなく、その胸に才人の頭を埋めた。 「わぷっ!?」 「じゃあ訂正しよう。 負けを認めないなら、公衆の面前で立たせちゃうぞ♪」 「すいません参りました」 これをもって、才人の負けが決定したのである。 「バカ犬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 ルイズの怒号が競技場に鳴り響いた。 『えー、第二競技の結果は、アンリエッタ女王の勝ち、となりましたー』 ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 あと一歩。 あと一歩でサイト様は私のもの。 競技場の反対側では、慌てふためいているルイズが見えた。 悪いけどルイズ・フランソワーズ。今度ばかりは手を抜くわけにはまいりません。 私の『相応の覚悟』、見せて差し上げます。 そして、そしてそしてそして! 晴れてサイト様は、私の婿となって、トリステイン国王に! そうね、トリスタニアに帰ったらまずは式かしら。 各国の王に招待状を出して、貴族にも召集をかけて。 その日はトリステインの祝日にしてもいいかも♪ そうねー、新婚旅行はアルビオンなんかステキじゃないかしらー。 なんて私が未来設計を考えていると。 次の競技を告げる声が、会場に響き渡った。 104 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/10(日) 00 58 05 ID x8NPsJ2T 『えー、次の競技は『仮装』です!』 『仮装』?それで、どうやって勝敗を決めるのかしら…? 『えー、競技内容を説明いたしますとー、お互いに仮装を披露して、審査員のサイト様をより興奮させた方が勝ち、ということになります』 …どういう競技なんですか…。 私が呆れていると、視界の隅にガッツポーズを取るオールド・オスマンの姿が。 …犯人はコイツか…。 この人に学院を任せておいて、本当に大丈夫なのかしら…? 隣を見ると、ルイズも呆れていた。 でも、私と目が合うと…。 何!?今の勝ち誇った笑みは!? 『私はサイトの全てを知り尽くしているわ!』みたいな!! …ま、負けるもんですか! 私だって、私だって! 本でいろいろ勉強したんですから! さて、才人の興奮をどうやって計測するのかと言えば。 コルベールが自信満々に説明する。 「えー、計測にはこの『愉快なヘビ君EX』を使います」 それは、貞操帯の股間に、いつかの実験で見せた「愉快なヘビ君」がくっついた、といったカンジのものだった。 「いやあの先生いくらなんでもダイレクト過ぎでは」 「これは男性に装着する事で興奮を数値にして計測するものです」 才人の反論は完全無欠に無視である。 でもって、疑問を差し挟む余地もなく才人は椅子に縛り付けられ、『愉快なヘビ君EX』を装着されてしまう。 「えーそれでは、一例を」 「ちょっとまてここで公開処刑かあああああああああああ!!」 才人の反論はまたしても無視される。 コルベールが指を鳴らすと、才人の目の前に体操服のキュルケが立つ。 そしておもむろに才人の頭を抱え込んだ。 『ちょっと待てなんだその役得!』『しねサイト!』『逝ってヨシ!』 『月のない夜は背中に気をつけろよ!』『べ、別にうらやましくなんかないんだからなっ』 男子生徒の非難の声が上がる。 と、同時にルイズのいる『控え室』からすさまじい殺気が。 …気にしないことにしよう。 「おお、興奮レベル75!ばっちり興奮しておりますな!」 実験結果に満足し、コルベールはキュルケを下がらせる。 『ダーリンのためだからしょうがないけど…』なんてぶつぶつ言いながら、キュルケはおとなしく引き下がる。 当の才人はといえば、羞恥のあまり白い灰と化していた。 …ていうか後がコワイっす…。 そんなこんなで『計測装置』の方の準備が一通り整うと。 『えー、それでは、お二方の準備が整ったようですので、競技に入ります。 なお、計測時と違い、競技ではおさわりは厳禁とします』 105 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/10(日) 00 58 39 ID x8NPsJ2T その放送が終わると同時に、競技場脇の部屋を間借りして作った『控え室』から、マントとフードで完全に姿を隠した二人が現れた。 二人は中央に待つ才人の前まで歩いてくると、お互いに視線をぶつけ合い、そして両手を差し出す。 アンリエッタがパー。ルイズがチョキである。 『先攻、アンリエッタ女王!後攻、ミス・ヴァリエール!』 先攻後攻が決まったところで、ルイズは才人の前から下がる。 そして、アンリエッタがマントに手を掛け、放り投げる。 その下から現れたのは…。 「きょ、今日はあなたがご主人様にゃんっ♪」 物凄く短い丈のメイド服に身を包み、虎縞のねこみみのカチューシャを装着して、メガネをかけたアンリエッタだった。 ご丁寧に尻尾までついて、さらに手をネコのように丸めている。 やっぱり恥ずかしいのか、顔を耳まで真っ赤にしている。 いったいどんな本を読んだのだろう。 「えー、興奮度は…35でございます…」 ど、どうしてっ!?本には殿方はこういうのが好きだとっ!? 驚愕に歪むアンリエッタの顔。 そして。 『なぜだ、なぜこのアン様に萌えないのだサイト!』『この不能!』『お、俺はアン様なだけでハァハァ』 一部変な声も聞かれるが、男子生徒の怒号が辺りを覆う。 しかし才人の数値は増えない。 …ゴメン姫様、属性付加しすぎて逆効果です…。 才人は以外にマニアックであった。 106 名前:運動会@エキシビションマッチ! ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2006/12/10(日) 01 00 14 ID x8NPsJ2T 『えーでは、後攻のミス・ヴァリエール、どうぞ!』 しかし放送は無情にもルイズの番を告げる。 アンリエッタはしぶしぶ下がり、そして才人の前にマントにフードのルイズが立つ。 ルイズはそっとフードに手を掛け、まず顔を晒す。 その顔はいつもと同じ。髪にも手は加えられていない。ただ、髪が水に塗れた様に湿っていた。 てことは、この下、なんだよな…。 ルイズは、少し赤くなりながら、才人に向かって、小声で言った。 「さ、サイトにだけ、見せてあげる…」 そして、才人の前に建ち、マントの前だけをはだけて見せた。 『興奮度100…120…バカな、まだ上昇している…!』 マントの下のルイズは、びしょ濡れの体操服だった。 遠目には見えないが、透けたルイズの肌が、才人にははっきり見えていた。 …どこでこんなテクニック覚えてくるんですかルイズさん。 才人は心の中だけで突っ込んだ。 『こらサイト、見えないぞそこどけ!』『お前だけおいしい思いしてんじゃねえぞー!』『お、俺はヴァリエールたんなだけで以下略』 男子生徒の怒号の中、放送が告げた。 『えー、競技の結果、1対1、1引き分けで、両者引き分け、となりました! 以上をもちまして、エキシビションマッチを終了いたしまーす』 そこは、学院の裏門だった。 表から影武者を帰らせ、アンリエッタは裏門で、ルイズと別れの挨拶を交わしていた。 「今度の勝負では結果はでませんでしたが…いい勝負でした」 「そうですね。姫様の健闘は、賞賛に値しますわ」 「…今度は、負けませんよ」 「いつでも、受けて立ちます」 そして、二人は手を差し出す。 それぞれの掌に光る、二本の画鋲。 二人は引きつった笑顔で、お互いの手を握り返した。 そして、力の限り握り締める。 「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」 「おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ」 それを見ていた才人が、思いっきり引きの入った顔で言った。 「こえーよ、二人とも…」 そして、これを皮切りに、後世に『トリステイン史上最悪の痴話喧嘩』と呼ばれる、アンリエッタとルイズの血で血を洗う戦いの幕が切って落とされるのだが。 それはまた別の話。〜fin
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4596.html
長編 4-563(*1) エロ 1-864出会い系は何が起きるかわかりません 2-191二日酔いにはご用心 2-298920 2-598ある日、森の中 3-274ルイズとシエスタ 3-591For584 3-647シエスタとサイト 5-368 5-637 6-14サイト×シエスタ 6-124FA〜シエスタのばあい〜 6-469 6-605 6-619女の友情 8-70オトコノコの役割 8-116 8-125借り物競走〜シエスタのばあい〜 9-234(5-637の続き) 9-244(5-637の続き) 9-281-2サイト争奪杯〜シエスタの場合 10-5仁義なき家族計画 10-247魔法具『操りの真珠』 10-259シエスタの衣装 11-103鬼は外 12-416サクラ前線異常アリ 13-29湯けむり協奏曲 13-391メイドのお役目 14-8真実(まこと)の黒 14-83たのしいおかいもの 15-26契約 15-884シエスタと小さな才人 17-311ドキっ!女だらけの格闘大会 17-524夏の風物詩 18-178月は東に日は西に 18-247 23-401メイドのお仕事 24-364戦場のメリー・クリスマス〜シエスタの見た夢 26-310もうガマンできな〜い X00-01 コメディ 2-131ルイズサイト8パロ 3-33時を駆ける少女 4-501 6-135今宵は無礼講 6-630ルイズのハロウィン 14-478一筆啓上 14-725黄金の日々 17-348異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが! 非エロ 2-670 6-559おでかけ。 6-586 9-281サイト争奪杯 11-307おるすばん 12-720別離 14-65見知らぬ星 14-734 17-249華の嵐 17-503 26-225漆黒の力 鬼畜 3-42『黒シエスタ日記』 3-638ルイズの決意 11-308アニエスの椅子 12-400一抹の希望 13-251蜘蛛の糸 14-495ヴァリエール家の牝犬
https://w.atwiki.jp/oyabura/pages/49.html
【ファミリーコンサート(10周年記念コンサート)に出演】 1.日程 3月11日(土曜日) ・・ 白井市文化会館 なし坊ホール(大ホール) 2.素敵な仲間 白井少年少女合唱団 M.I.N ハミングウェーブ 3.曲名 ビートルズ特集 「Yesterday」「Ob-La-Di, Ob-La-Da」「Michelle」「Hey Jude」、 「唱歌の四季」「believe」(合同演奏) 4.メンバ 海老原先生、ピアノ:堤ゆり先生、菊地団長、鷲見(総合司会)、久野、唐澤(おやブラMC)、 楠、峯村、小浦、佐藤、斎藤、今泉、岡村 5.コメント 今迄いろいろな歌を歌ってきました。そしてついにビートルズの歌に辿り着きました。 英語が苦手なメンバーが沢山いるのですが、目標は全曲暗譜!でした。。が、「歌詞が飛ぶ」 「間に合わない」などの意見が飛び交い、出来る範囲で暗譜という事になりました。 今回は大ホールという事もあり、ちと緊張したかも知れません。楽譜を見ていましたが歌詞が 合わないところがあったようです。少し。。 でも、とても楽しく、最後の「Hey Jude」なんかはノリノリで終演することが出来ました。 これからこれらの曲も更に完成度をあげていきますので、是非ご期待ください。 なお、今回活動を半休止中のメンバー(柘植さん)が見に来てくれました。 早期の復活を期待しています! 【4つの合唱団コンサート】 1.日程 7月8日(土曜日) ・・ 白井市文化会館 かおりホール(中ホール) 2.素敵な仲間 ♪おたまじゃくし ハミングウェーブ 響 3.曲名 ビートルズ特集 「Yesterday」「Let It Be」「Ob-La-Di, Ob-La-Da」「めざめ」「Michelle」 「Hey Jude」、「ともしび」「カチューシャ」(合同演奏)「夏のおもいで」(全体合唱) ※「めざめ」はビートルズとは関係なく某コーヒー会社のCMソングです。 4.メンバ 海老原先生、ピアノ:堤ゆり先生、菊地団長、久野、唐澤(おやブラMC)、楠、峯村、 佐藤、斎藤、岡村 5.コメント 皆さまこんにちは。さてご存知でしたでしょうか? 今年はビートルズ来日50周年になる そうですよ。そんな事もあり3月のコンサートから1曲増やして、パワーアップして5曲を 披露させて頂きました。 そして、箸休めとして途中にコーヒータイムを作り、「ダバダ~ダ~ダ~ダバダ~ダバダ~」 でお馴染みのコーヒーのCMソング「めざめ」をお届けしました。 この曲は皆さま想定外だったようで、とても受けて頂きました。 私達は歌で喜んで頂くのは勿論のこと、パフォーマンスで喜んでいただけることを、この上 なく嬉しく思っております。 暗譜での披露は果たせませんでしたが、市民音楽祭が開催される11月には更にパワーアッ プしてお届け致しますので、応援の程宜しくお願い致します。 【白井の湯「温浴コンサート」に出演】 1.日程 7月22日(土曜日) 2.曲名 ビートルズ特集 「Let It Be」「Ob-La-Di, Ob-La-Da」「Yesterday」「Hey Jude」 「めざめ」「北酒場」「あの鐘を鳴らすのはあなた」「川の流れのように」 「いい湯だな♪」「見上げてごらん夜の星を」(これはアンケール曲です) 3.メンバ 海老原先生、ピアノ:堤ゆり先生、菊地団長、鷲見(MC)、峯村、佐藤、岡村 4.コメント 白井の湯、今回で3回目の訪問になります。 湯上りですっきり爽やかになったお客様には、やはり澄んだハーモニーをお聞き頂かなく てはいけません。そこで今年歌いこんだビートルズに加え、私達がこの17年歌い込んで ちょっぴり自信がある曲を演奏させて頂きました。 「ブラボー!」の掛け声を頂きましたが、これが私達の活性剤になるんです。 手拍子も頂き、そして響きが良いロビーでのミニコンサートはとてもノリノリで終演させ て頂きました。また来年7月の第4土曜日にお邪魔しますので、宜しくお願い致します! 【白井市民音楽祭(第31回)に出演】 1.日程 11月11日(土曜日) ・・ 白井市文化会館 なし坊ホール(大ホール) 2.曲名 ビートルズ特集 「Michelle」「Let It Be」「みざめ」「Ob-La-Di, Ob-La-Da」 「Yesterday」「Hey Jude」 3.メンバ 海老原先生、ピアノ:堤ゆり先生、菊地団長、唐澤(MC)、久野、鷲見、楠、峯村、 佐藤、岡村 4.コメント 第31回の市民音楽祭、平成14年から参加させて頂いていますので15回目の出演に なります。そしてこの節目の今年は、1年の集大成としてビートルズを聞いて頂きまし た。私達が青春を謳歌しておりました時期に、生活の一部として溶け込んでいた曲を、 身体から飛び出させたような気がします。会場に沢山いらっしゃいました同年代のお客 様のところに想いが届きましたら嬉しいです。是非「お問合せ」でお知らせください。 3曲目の「みざめ」は、ダバダーでご存知のネツカフェゴールドブレンドのCMソング です。この曲でコーヒーを飲みたいと思ってい頂けるように、これからも歌い続けます ので、宜しくお願い致します! 【クリスマスパーティを開催しました!】 1.日程 12月2日(土曜日) ・・ アンズハウス 2.参加して頂いた素敵な仲間 ハミングウェーブ 響 3.曲名 「ジングルベル」、「きよしこの夜」、「ホワイトクリスマス」、 「この木なんの木」、「赤鼻のトナカイ」、「Yesterday」、 「めざめ」、「お正月」、そして勝手にアンコールで「はるかな友に」 ※「めざめ」は某コーヒー会社のCMソング、「この木なんの木」は 日本を代表する総合電機メーカーのCMソングです。 4.メンバ 海老原先生、ピアノ:堤ゆり先生、菊地団長、唐澤(MC)、久野(総合司会)、楠、峯村、 佐藤、岡村 5.コメント この日を待ち焦がれていたクリスマスパーティーを、愉快な仲間をお呼びして開催させて 頂きました。毎年のことですが仕事に、家庭に色々な事が起きた中で合唱の活動を続けて 来ることが出来ました。ファミリーコンサート、4つの合唱団、等々歌で繋がった仲間に、 楽しいひと時を過ごしてこれた感謝の気持ちお伝えするのがこのクリスマスパーティーで す。一緒に活動しているからこそ分かり合える話題や想いを語り、そして一緒に歌いまし た。皆さんありがとう!! そして、支え応援頂いた皆様への感謝の気持ちを胸にもう一 つ大事な行事である、介護施設へ訪問させて頂きます! 【くらスマイル鎌ヶ谷を訪問して参りました】 1.日程 12月17日(日曜日) ・・ くらスマイル鎌ヶ谷 2.曲名 <1部> 「ジングルベル」、「きよしこの夜」、「ホワイトクリスマス」、「この木なんの木」 <2部> 「赤鼻のトナカイ」、「Yesterday」、「落葉松」、「めざめ」、「お正月」(皆さんで)、 「ふるさと」(皆さんで)、「はるかな友に」(アンコールを頂きました) 3.メンバ 海老原先生、堤ゆり先生、菊地団長、西田、唐澤、峯村、楠、佐藤、久野、柘植、岡村、 そしてスペシャルゲストに小松萌さん! 4.コメント 皆様、以下の写真をご覧ください! 今年のくらスマイルさんへの訪問はどこか違うと 思われませんでしたか。そうなんです!スペシャルゲストとして小松萌さんが参加をし てくれました。更に新しく入団頂いた西田さんにも登場して頂き、施設の皆さんにとて も華やかな舞台をお送りする事が出来ました。 小松萌さんは歌の勉強をされている事もあり、透き通る声に迫力を乗せて歌えあげて頂 き、西田さんも初めて参加されたにも拘わらず、正統派演技でトナカイを演じて頂きま した。(ん、上から目線??)最後は皆さんと一緒にお正月やふるさとを歌えて今年最 後の活動に相応しい楽しい演奏会になりました。今年も盛り上げて頂いた施設のスタッ フの皆さま、ありがとうございました。 今年も一年、無事にイベントや発表会を参加・開催させて頂きました。 皆さまに支えて頂いた1年に感謝しつつ、そして来年の戊戌年も多くのイベントを通して皆さま にお逢いできることを祈念して、1年を締めくくりたいと思います。 ありがとうございました。そしてこれからも宜しくお願い致します。 *
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3183.html
317 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/22(土) 23 57 36 ID 6lYBvxQ2 「守らねばならん場所が、広すぎる」 大広間。作戦会議は早急にはじまった。今は、アニエスが卓の上にのった館の地図を指し示して説明している。 「この館をかこむ塀は、長すぎるのだ。そのうえ高さはせいぜい人の上背くらいだ。無いよりははるかにましだが」 集っているのはアンリエッタ、館の主である老領主、先刻に敗北を喫した近衛メイジたちの指揮官。そしてルイズと才人、ギーシュ。 「館からあまりに離れているのだ。館から約100メイルの距離でぐるりと取り囲み、ややひらけた森の中にめぐらされている状態で、その全長は700メイルに達する壁。 これを、銃士隊五十二名、水精霊騎士隊三十一名、新たに来て館にたどり着けた近衛兵四十八名、その他の随行員および館の人間三十八名の総勢百六十九名で守る。 一人当たり4メイル以上の壁を担当せねばならない計算になる。 戦力が分散しすぎる」 アニエスはそう言ってから、面々を見渡した。 「言っておくが、『その他』の三十八名は、治療士、料理人、召使、侍女のたぐいが含まれ、マザリーニ様や領主どののように老境にあるものもいれば、銃士隊とちがい武器など手にしたこともない女性もいる。 そして水精霊騎士隊および近衛兵については、メイジとしての能力を奪われている以上、その戦闘力はいちじるしく低下している。 なぜ魔法が使えなくなったかは、今考えてもしかたがないので後回しにする。まともな戦力を保有しているといえるのは実質上、銃士隊五十二名のみだ。 これで、どこから来るかわからぬ敵をしりぞけねばならぬ」 集まった者たちは、少しのあいだ誰も何も言わなかった。重いため息さえ出なかった。 ややあってから、館の主が白くなった頭をかいて言った。痩せた人柄のよい老貴族である。 「まいったの。森中の塀については、はるか昔の先祖が築いたものじゃが、実はもっと内側にもう一つ、館を囲む石壁があったんじゃ。 数代前、館の改築のとき、内側の壁を壊してしまったらしい。 街道に大規模な盗賊の横行する時代は過ぎ去っておったし、もう一つあるならよいと思ったんじゃろうが……」 その慨嘆は、残念ながら現状を乗り越える役にはたたないようだった。 「それならいっそ敵には壁を乗りこえるにまかせ、館にこもって戦うってのはどうだろう?」 才人の提案に、アニエスと近衛の指揮官が同時に「駄目だ」と首をふった。アニエスが説明する。 「館にこもれば包囲され、火を放たれる。突撃してこられれば、魔法なき白兵戦では向こうがずっと有利だ。銃士隊とて女の力だからな、一対一でさえ危ない。 壁で撃退するしかない」 近衛メイジの指揮官がいまいましそうに床をけりつけた。もともと副官だが先刻の戦で、派遣された指揮官が斧で首をはねられたので、自動的に昇進したのだった。 軍人らしい精悍な顔だちをゆがめて、その青年は罵声をはなった。 「ちくしょう! 竜さえ残っていれば、包囲の上を飛び越えて近隣の領地に速やかな援兵をたのむことも、陛下をお逃がしすることもできたのに!」 アンリエッタが彼に問う。 「竜は全滅したのですか?」 318 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/22(土) 23 58 17 ID 6lYBvxQ2 「……はい、投網や矢を使われて。真っ先に、敵は数匹いた竜を狙ったのです。われわれのほとんどは、魔法を放とうとしてそれが出ないことに狼狽し、まともな対応ができませんでした」 アニエスが彼に向き直った。 「竜はもう仕方がない。貴君には、今夜の作戦でわたしの指揮下に入ってもらう」 指揮官の顔がどす黒くなった。 ありありとその顔には、「メイジが、平民上がりの女の下に?」と書いてあった。 が、それでも現状の自分たちは平民に劣る戦闘力しかない、とわきまえてはいたようで、渋々とうなずく。アニエスが、全員に顔をめぐらせながら声をはりあげて言った。 「今夜だけだ。おそらく潰走した近衛兵たちの一部は、来た道を必死に戻って連絡をつけるはずだ。早ければ今夜中には援軍が来る。遅くともきっと、明日の昼までには。 耐えてほしい、さまざまなことに。メイジには屈辱かもしれないが、平民の武器を手にして戦わねばならないぞ」 アニエスは最後にアンリエッタを見た。まだ銃士隊服のままの女王が、こくりとうなずいて後押しした。 「銃士隊長に采配をあずけます。ただ勝利のことを考えてください」 アンリエッタの発言をうけて、そこでマザリーニが手をあげた。黒衣の宰相は、冷たい目でアニエスを見た。 「言っておこう。われわれの勝利とは敵を破ることではない。陛下の御身を守ることだけが目的とこころえよ」 アンリエッタが眉をひそめ、枢機卿に向けて口をひらいた――が、その前にアニエスが頭を下げた。 「近衛兵とは、そのために存在するのです。無論、陛下の身の安全が最優先です」 なにかを言いたそうなアンリエッタの様子に気がつかないふりで、アニエスは締めくくりに入った。 「大まかな方針は、壁で敵を防いでひたすら時間をかせぐ。銃士隊をできるかぎり無駄なく使いまわして、防備の薄さをおぎなう。 細かいところは、現場に出る兵たちと一緒に伝える」 「ひたすら防戦、ですね」 緊張で顔色をやや青くしているギーシュが、ごくりと固唾を飲みながら言った。 メイジの指揮官が、うなずいて彼に説明した。 「敵は弩(いしゆみ)を持っていた。銃もいくつか。壁からうって出て攻撃しようとすれば、われわれは飛び道具の雨に相対するだろう。 実質的な戦力に勝る相手には、防壁に拠って援軍を待つしかない」 319 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/22(土) 23 58 50 ID 6lYBvxQ2 最後に、ルイズが提案した。 「アニエス、村はどう? あの村の石壁は、この館に来るとき見た壁よりも高く、頑丈そうだったわ。それに、村人の協力が得られるはずよ」 「ラ・ヴァリエール殿、それは考えたが不可能だ。ああ、確かにここより守りやすかっただろう。しかし、この館と村とのあいだは街道をはさんで離れている。 村まで移動しようとすれば、街道を押さえた敵に見つからないではすまない。全員で館を出たとしても、敵の戦力のほうが勝っているのだ。 ……逆にきわめて少人数なら、見つからないですむかもしれないが……」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 〈山羊〉は、近衛のメイジを奇襲したあとの死体転がる街道で、あらためて兵の編成をしていた。かがり火のそばに立つロマリアから来た傭兵隊を見る。 たった今駆けつけたその傭兵隊は、総勢三十名、全員が騎馬である。その代表を目にしたとき、〈山羊〉は片眉をあげた。 「あんたはたしか副隊長じゃなかったか? 数日前に俺が話をつけた隊長どのはどうした」 「前の隊長なら、まあ、いろいろあってね。そのおかげで来るのが遅れちまったよ。今は俺が傭兵隊をひきいてる」 そのひげ面でがっちりした体格の男がにやりと笑った。全身にごてごてと金の装飾具を飾っており、悪趣味なほどである。 「……まあ、仕事さえしてくれるなら誰が代表だろうと構わんが」 傭兵隊という集団は、内部でさえときには血みどろなのである。細かいことをつっこんで訊く気は〈山羊〉にはなかった。 「できればもう少し早く来てほしかったところだがな。すでに緒戦は終わったところだぞ」 「だからいろいろあったんだって。まあ、もういいじゃねえか、勝ったんならよ。それより、あらためて訊くが、金のほうはどれだけいただけるかね? いやさ、前の隊長しか聞いていなかったんでな」 悪びれもせず金の交渉に入る傭兵隊長に、〈山羊〉は金額を告げた。普通なら目をむく額だったが、その傭兵隊長はうなずいてから言った。 「まあ、なかなかの額じゃねえか。しかし、相手はトリステインの女王とか。さすがに一国の王権を相手にするとなると、もう少し色をつけてもらわんと割にあわんね。 後がこわそうだからな、ロマリアの南端まで逃げても」 〈山羊〉はぐるりと眼球をまわし、肩をすくめる。傭兵の貪欲さは、自分自身が金でやとわれた身である〈山羊〉にとっては理解可能であるが、だからといって愉快ではない。 とはいえ、「金を惜しむことはない」と雇い主である紫のローブから言われているのも確かだった。 その者は、とっくにこの場から去っており、代わって自分が全権をあずけられている。 「成功したら報酬に上乗せしよう、大幅に」と約束すると、傭兵隊長はにやりと笑った。 「結構、結構」 それから、その男は笑みを消して鼻をこすり、腰にさした剣のつかを手のひらで撫でた。 「じつは個人的にも悪い話ではないと思ってる。よくある話だが、貴顕の者ってやつが俺は大嫌いでね。金をもらってそれを相手取れるってのが心地よい」 320 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/22(土) 23 59 26 ID 6lYBvxQ2 傭兵隊長の言葉に適当に相槌を打ちながら、〈山羊〉は思考する。 これで、兵力は百七十名を越した。もっと集めたかったが、そうもいかなかった。 トリステインやゲルマニアの当局に気づかれず、国境を越えさせたり武器を運ばせたりするのは至難の業だったのだ。武器も重火器や攻城やぐらなどもちろん無い。 それでも、敵よりは準備がととのっているはずだ。 敵はおもに銃士隊になるだろう。事前に調べたところ、今回の女王の巡幸に付きしたがっているのは五十名ほどである。 武器でもこちらには銃と剣のほかに弓、弩(いしゆみ)があり、銃と剣しかない敵よりはるかに有利だろう。マスケット銃は大音響と破壊力があるが、命中率は弓のほうが高いくらいだ。 しかし、向こう側には低いとはいえ石壁がある。おそらく、その壁を最大限に利用した戦闘をするはずだ。 実質戦力に劣る以上、やつらがこちらの攻撃を耐え切る方法は、ほかにないのだから。 こちらは壁さえ突破すれば、勝てるだろう。 ……いや、あるいは、それ以外でも決着がつくかもしれない。 〈山羊〉は目の前の傭兵隊長に指示をくだした。 「騎馬隊でわざわざ来てくれたのに悪いが、戦場は森になりそうでな。馬は向かん。あんたには、ほかにやってもらいたいことがある」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 館。水精霊騎士隊・隊長および副隊長にあてられた一室。 今の状況は、作戦前の最後の猶予、ということになる。 気をきかせたのかギーシュが出て行ったため、才人は久々にルイズと二人きりだった。 しかし残念ながら、そう色っぽい状況とは言いがたい。才人は床に正座して弁明しているのである。 「始祖に誓います。今までの道中、誰が相手であろうと、他の女性に下心を抱き、やましいことをしたりはしませんでした。本当デスヨ?」 「語尾が震えてるわよ」 勘弁してくれ、と才人はげっそりしたため息をついた。 ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせている桃髪のご主人さまは、おだやかな表情だった。ただし、この見せかけの平穏にだまされてはならない。 恋人関係になってから、ルイズは成長したと思う。心に余裕らしきものが出来たのだ。 少し人当たりがよくなった。 少しヤキモチゆえの使い魔への暴力を抑えられるようになった。 少し笑顔が多くなった。 少し素直になった。 321 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/22(土) 23 59 57 ID 6lYBvxQ2 まあ、そこまではいい。カトレア方面への成長である。 しかし。 精神的な重圧をかけるのがうまくなった。 簡単に衝動的な暴力をふるわなくなった分、やると決めたら鬼も泣くまでやる。 (そのへんはどう考えても、こいつの母ちゃんに似てきてるんだよな……) 烈風カリンことカリーヌから、「殿方の手綱の握り方」をあの冷厳かつ淡々とした語り口で伝授されているとかいないとか。気がつけばルイズは鎧までオーダーメイドしている。 あと暴力が減っただけで、ヤキモチ癖は変わってない。むしろ悪化していた。 (今日いきなり電撃訪問してきたのだって、ほんとに驚かせるためだけか? って思っちまうよ、ったく。 ……さて、問題は……俺が無実じゃねえってことで……) 耳の後ろにつっと冷や汗が流れた。 先ほどルイズに「誰にも下心からやましいことはしていない」と言ったのは本心だ。いや、少なくとも自分の意識している範囲ではそうだ。 (そう、姫さまとちょっともやもやしたが、あの一連は下心でやったことじゃない! 今思い返したってそんなこと考えも……) 軽くキス→落ち着いて安らかにお眠りなさい、的なもの。放っとけなくなっただけである。あれを見捨てたら人じゃねえ。 手をにぎる→上におなじ。そうだこの感情、いわゆる父性愛というものではなかろうか。ほら姫さまときどき弱々しいし、庇護欲をそそるんだよね。 抱き合う→弱々しいつーか姫さまほんとに可憐って感じだよなあ。腕の中でちょっと震えてて、銃士隊の鎖かたびらつけてても、不思議と抱き心地が柔らか…… 「って違う! 最後がおかしい!」 青ざめてつい口走った才人に対し、ルイズは「……なんだかよくわからないけど、あんた不気味よ」とちょっと引いていた。 「まあ、何もないならいいわ。……わ、わたしだって本当は、あんたを信頼してるわよ。でもね、あの、その、長く離れてると心配で…… だからつい、問い詰めるようなことになっちゃって悪かったわ。ほら、ここ来てベッドにすわんなさいよ」 頬をちょっと染めたルイズに隣を示され、才人は罪悪感と感激に満ちた顔を上げた。やはりルイズに隠し事をするのは耐えられない。きっぱりしゃべってしまおう。 「実は姫さまが、」 「ヨシ、死刑ニ処ス」 「早いぞ!?」 一瞬で下った判決に涙をこらえきれない。信頼はどこへ行った。 322 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 00 27 ID 6lYBvxQ2 「ふ、ふふ、姫さまが何かしら? 焼けぼっくいに火がついたとか言うのかしら? 笑える。あれだけ釘を刺したのにあんた本気で何かしたとかなら、それはもう最高の冗談ね。殺スワヨ」 「聞け! 聞いてくれ!」 とりあえず、才人は大まかなところを話した。 ただしさすがに命の危険を感じ、具体的に何をしたかとかは省いてある。というか、「手を握った」くらいしか伝えていない。 ただ、「今の姫さまはちょっと放っておけない」と本心を伝えた。 そして才人の心の動きとは別のところで、否応なしに重い話にならざるを得なかった。巡幸途中で起きた、青い目の少女に関わる二つの事件。十日前と今日の。 今日の事件についてはかなりの程度ルイズも当事者だが、十日前の話は初耳である。ルイズは沈黙して聞いていた。それが終わると、悲しそうにため息をついた。 「悲惨な話ではあるけれど、どうしようもないと思うわ。姫さまにはできることなら自力で乗り越えていただかないと」 「……意外だな。お前なら、姫さまをなぐさめにすっとんで行くかと思ったんだけど」 「ええ、昔ならそうしたわ。でも今は……サイト、この問題は微妙なところにあるの。 父さまが言ってらしたわ、誰もが満足する施政はおこなえない、ならばなるべく多くの者が納得する道を選ぶしかないと。 きっと、これから先も姫さまが何かを決断するたびに、あるいは大臣たちが決めたことを女王の名において裁可するたびに、だれかの運命が左右されるわ。 それが為政者なのよ。そして、形だけであれ王がまつりごとの頂上で決断を下すかぎり、愛も憎悪もそこに向かう。それを、姫さまは当然のことと受け止めなければならない」 ルイズは一呼吸おいて、しんみりした声で続けた。 「女王の名において下された施政よ。それで起きた一部の民の不幸に傷ついたからといって、そのたびに誰かに許してもらわないと駄目なの? 女王としての権威は、ご自身にさえおとしめる権利はないわ。 ここで周りが下手になぐさめるばかりだと、姫さまは女王として自分で立てなくなるわ。なぐさめ役の臣下にべったりで、頼りっぱなしになってしまう。 わたしは侫臣にはなりたくないし、姫さまを君主として惰弱にしてしまいたくもない」 「……つまり、姫さまに頼り癖をつけさせるなってことか? 政治にかかわる心の問題は自分で吹っ切らせろと」 「そう。まったく他人の声を気にしないほうが困るけどね、憎まれないことだけを考えて政治をすることはできないわ。 姫さまにはちゃんと、為政者としてやっていける素養はあると信じてるし、ある程度までは、そばで見ておいたほうがいいと思う。冷たいようだけどね……」 ほろ苦いルイズの口調に、才人は首をふった。心から言う。 「お前は、本当に成長したよ」 王位継承権を与えられている以上、ラ・ヴァリエール家でそのために恥ずかしくない程度の教育もほどこされるようになったと聞く。 あの公爵と奥方ならば、人の上に立つ者としての心得もりっぱに教えられるだろう。それ以上に、臣下として一線を引かなければならない部分を叩き込まれたにちがいない。 ルイズは、何かを考える表情になっていた。ベッドの上で腕と足を組んで考えこむ。才人はその真剣な様子に何もいえなくなる。時間にして数分、ルイズは顔を上げた。 323 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 00 56 ID 6lYBvxQ2 「サイト、わたしは姫さまに忠誠を誓っているわ。臣下としての範囲なら、あの方のためになんでもする。 ところで、あんたも姫さまの臣下よね?」 「え? うーん……まあ、水精霊騎士団の幹部だし、形はそうだな」 「形ってなに? 形ってなに? それまさか『内実は臣下じゃないから自分はおなぐさめしても何の問題もないな』とか言いたいのかしら? あら曲解ですって? ほーお。 うやむやになるところだったけど、さっきの話は後でもう少しゆっくりと……いけない、激しく脱線してるわ。 とにかく、あんたは女王陛下の臣下。わたしと同じく。だから、これから言うとおりにしなさい」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ アンリエッタは赤いじゅうたんの敷かれた廊下を、静寂を壊さぬようにして歩いた。燭台が等間隔ですえつけられ、暗い廊下に揺れる火の赤い光をもたらしている。 この先には、才人の部屋がある。 さきほど、ギーシュが水精霊騎士隊の隊員達と外に出て行くのを見た。ならば、才人は一人……いや、きっとルイズと一緒なのだろう。 自分が、なんでそこに行こうとしているのか、実のところアンリエッタ本人にもわからないのだった。 ルイズと話したいのか。才人の顔を見たいのか。それとも、単に自分が不安になっていて、二人のもとに行きたいだけなのか。 全部当てはまるようにも思える。 襲撃が来るまでおそらく間もない。肌がひりつくような張りつめた空気が館の内外に満ちていて、多かれ少なかれ誰もが緊張し、心細さを覚えている。 アンリエッタも同様であった。 大広間の会議のあと、マザリーニと館の主は二人してどこかに消えてしまい、アニエスと近衛メイジの指揮官、およびギーシュは、それぞれの部下たちを連れて外へ。 館の召使たちの中に一人取り残されたアンリエッタは、どうにも落ち着かなくなってこうして才人たちの部屋を目指しているのだった。 ルイズと一緒にいるのに無粋かしら、と歩きながら悩むが、いつのまにか才人のほうを中心に考えていることに気づいて、ぱっと顔を赤くする。 先ほど炉の前で抱きしめられた感触は、まだ鮮烈に体に残っていた。 (いやだわ……はしたない) ルイズもいるのである。いくらなんでも親友の前で、つい先刻その恋人の腕の中にいたことを意識するのはどうかと思われた。 つとめて忘れようとする。昔に決着がついたことなのだ、と首をふる。 そうやって自分に言い聞かせなければならないほど危ないところに来ている、とアンリエッタ自身うすうす気づいていたが。 324 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 01 40 ID DIjGLQvc 決して、昼間の村での出来事を吹っ切れたわけではない。ともすればまた、終わりのない懊悩に入ってしまいそうになる。答えなど出ないと、自分でもわかっているのに。 それを断って、沈鬱の沼から引き上げてくれたのが、あの抱擁だった。人肌の温かさは、本能的な安らぎを与えてくれた。 あの瞬間を思い返すだけで、救われる気がする。忘れなければならないにしても、本心ではもう少しくらいこの記憶を留めておきたい。 だから……どれだけ自戒しようとしても、ここしばらくのように、才人の顔を見ただけでまた鼓動が速くなってしまいそうだった。それでも、歩みは止まらなかった。 気がつくと扉が前にある。心の準備はできていないのに、手が勝手に動いてノックしようとしていた。 「……嫌だ、それなら言ってやる! やっぱり、俺は姫さまの臣下じゃねえよ! 俺はお前の使い魔で、お前ほうってまで王家に仕えたいわけじゃねえ!」 手が止まった。ドアの向こうで、二人が争う声が聞こえる。 才人の声は完全に激しており、ルイズの声もまた大きいながら、彼女の言葉はどこか言い聞かせるような口調だった。 「子供みたいなこと言わないでよ! わたしは姫さまの臣下なのよ。あんたはわたしの使い魔で、それならわたしの言うことを聞くべきでしょ」 「ちがう、俺はお前の身を守るのが役目だよ! くそっ、賛成しねえからな、こんなの……!」 「サイト。あんた、ガンダールヴの力、使える? 左手のルーン、消えてないけど薄くなってるでしょ。 いつもの力が出せないなら、護衛としての能力的にはアニエスたち銃士隊と変わらないわね」 「関係ねーだろ! ……使えねーよ。お前らが魔法を使えなくなったのと同じあたりから。けどそれが何なんだ? 剣を使える俺は、お前ら杖以外を持ったこともないメイジよりずっと戦力になる。 ルイズ、俺はお前を守るからな。ふざけたことを言うんじゃない」 「サイト。あんたがわたしを守りたいと言ってくれるように、わたしは姫さまを守りたい。主君のために身を投げだすのは臣下の義務だわ。 そんな怒らないでよ、死ぬ気なんかないわよ。うまくやるつもりだから。 虚無が使えない今のわたしは、あんたの言うとおり本物の役立たずなのよ。戦いでは歯がゆい思いをしているしかない。でもこれなら、役に立てるわ」 「じゃ、俺はおまえと一緒にいくぞ。死ぬ気無いんだろ? 俺も死なないさ」 「サイト、冷静になって」 ルイズの声が、樫の板でできたドアを通して、廊下に立ち尽くすアンリエッタの耳に入る。情愛がこもって、かすかに哀しい声だった。 「ラ・ヴァリエール家は名門だわ。賊徒だって、わたしにそう簡単に危害は加えないはずよ。身代金だってたっぷりとれるもの。でもあんたは違うのよ、ついてきたら危険なの」 「わかるかよ! 王家に手を出そうって連中だぞ、どれだけ名門でも安全ってこたねえよ!」 325 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 02 44 ID DIjGLQvc 「……とにかく、敵の目標は姫さまで、わたしたちの第一に守るべきも姫さまだわ。 敵が姫さまに万が一にも触れるようなことがあってはならない。それは、みんなが了解してるわ。枢機卿さまも、アニエスも。 今言ったことを、これから彼らの誰かに話してみる。理解してよ……姫さまはわたしのたいせつな主君なのよ」 そのルイズの言葉を最後に、ドアに伸ばしたまま固まっていた手を下ろす。 アンリエッタは、身を返して静かにその場を離れた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 館の外。壁にかこまれた異様に広い『庭』。 誰もがてんてこ舞いで防戦の準備に取り掛かっていた。 あきれるほど長い壁ぞいには、かがり火が数メイルおきに燃やされて夜を照らしている。 アニエスは壁ぞいを歩いて見てまわる。近衛隊すべてと館の男手を集めたところで、一通り説明はしていた。 「もっとも弱いのはやはり、壁がとぎれて門がある、村へと続く小道の部分だ。あの鉄格子の門が突破されれば、一気に敵がなだれこむ。 そこで、最大の戦力を保有する銃士隊は、まず一部が門の守りについておき、残りは攻撃の激しい箇所につねに移動して戦う。馬は離れた距離への移動用に使う。 長大な壁のほかの部分にそれ以外の近衛兵たちを貼りつけておく。武器は持ってもらうが、基本的には見張りと足止めだ。 敵は壁を乗り越えようとするだろう。それを叩き、同時に合図するんだ。合図のためのドラを持たせておく。手に余る数が一部分に殺到したら、銃士隊が駆けつけて攻撃に加わる」 (とは、言ったものの……うまくいくだろうか?) アニエスは自信があるように振舞いはしたが、たぶん誰よりも冷や汗をかいていた。 石を積みあげて粘土でかため、固定しただけの『壁』は老朽化しており、少し時間をかければ体当たりでさえ壊せそうだった。 それに、あまりに低すぎた。二メイル足らず、人の上背程度しかない。壁というより正確には塀である。かぎ縄やはしごがなくとも、乗り越えるのは体ひとつあれば出来てしまう。 不安をふり払うように、彼女は声をはりあげた。 「敵の総数は、われわれと同じ程度だ。こちらは防げばよい、奴らを壁の内側に入れないだけでよいのだ。明日には援軍がきっと来る、それまで持ちこたえればよいのだ」 大声で、自分自身さえごまかす。 たしかに通常、城壁に拠って守るほうは、攻めるほうより数が少なくても目的を達することが容易である、と言われる。 ……それは守る必要のある箇所が広すぎず、また敵の接近を即座に知ることが出来る状況での話だった。 壁の外をにらみつける。壁から五メイルほど距離をあけて、うっそうと針葉樹の森が茂っていた。 間伐がされているようで、木々の間隔は二〜四メイルほどだが、闇夜となるとさすがに森の中は暗い、外から見えないほどに。 326 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 03 19 ID DIjGLQvc (森だ。この森が忌々しい、これのせいでどこから敵が来るかわからない!) それでもまだ壁の内側、庭の中の木が大幅に間引かれているのは救いだった。 おかげで馬を使い、庭を突っ切って反対側の壁に移動することができる。合図も容易なはずだ。 (敵はどうやって攻めてくる? 通常なら、兵力を分散させるのは愚の骨頂だが、われわれは敵陣の具体的な様子を知ることができない。かといって壁を離れるわけにはいかない。 となるとおそらく、敵は大胆に兵力をさいて壁を多方面から攻めるだろう。まず一方を叩いてわれわれの兵を集中させ、その隙にほかの場所で乗り越えようとする……厄介だな) アニエスの思考を才人が読めれば、「モグラ叩きのようだな」と表現したかもしれない。 (どちらにしても一度数名での突破を許せば、そいつらを片付けるのに手間がかかる。その隙にもっと多くの敵が乗り越えてくる。そうなれば終わりだ) そのときにはこの庭で、決死の白兵戦をするしかない。 その混乱のうちに、どうにか陛下に脱出していただき、馬で彼女が逃げる間、最後の一兵まで死兵となって足止めする。 あるいは今日で死ぬかな、と自然に覚悟を決めてから、アニエスは怒鳴るように指示を飛ばした。 見張りについたメイジ達に向けてである。彼らの一部は館の剣や槍を持たされていたが、多くはスコップや薪割りの鉈や木の太枝の棍棒で武装していた。 「レンガや石を集めて足元に積んでおけ! 銃は訓練していないお前らではまともに扱えん、だから持たさん。物を投げて攻撃するんだ。 壁と森の間は5メイル、この間にいる相手にはじゅうぶん有効だ」 壁の内側ぞいのほうが、外側よりも若干地面が高い。つまり、こちら側は壁に立てば首から上が出て、見るにも攻撃するにも敵より容易だ。 土一段の差だが、これは存外に有利な部分だった。 暗い森。狼の遠吠え。杉のこずえが白い月をさし、冷たい長い壁を燃えるかがり火が照らす。 アニエスの身が総毛だった――周囲の者たちが反応しているのと同じ方向に、彼女は向き直った。 ある場所で、ドラが連続して鳴らされている。興奮気味に、狂ったように。 もう一つの音がそれに続いた。陰惨に長く引き伸ばされて。それは角笛の音だった。敵の鳴らす音だった。 アニエスの前に飛んできた伝令役の銃士隊員が、馬に乗ったまま叫んだ。 「門です、門に来ました! 大挙して隊列を組んで、小道をのぼってきます!」 なるほど。序盤は正攻法か。壁の最も弱い部分に、人数をぶつける気らしい。 アニエスは舌打ちして、ひかれてきた馬に自らもとびのった。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 館の古い物置部屋。館の主である老貴族が、苦労して床の一部の板を持ち上げると、階段があった。湿った土臭い空気がのぼってくる。 抜け道だった。 327 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 03 50 ID DIjGLQvc 「この秘密の道は、街道近くの森の中に通じております。 いざというときの脱出のために先祖が作ったものですが、いつからあるのか、わたしも知らないのですよ」 老貴族の説明をうけて、ルイズはうなずいた。 (これなら、姫様の脱出も本当にできるわ) ぐっと手をにぎる。館の主がさらに説明した。 「地下道は、気をつければ馬でさえ通れます。馬をひいていき、すみやかに陛下をお逃がしするのが良いでしょう」 「ありがとう! あとは馬車ね。わたしが乗ってきたラ・ヴァリエール家の馬車を用意していただけませんか?」 「ば、馬車? 馬車はさすがに通れません」 「地下道じゃないわ。馬車のほうは正面から出て行くのよ」 館の主は首をひねりながら物置部屋から出て行った。 それを見送りながら、マザリーニがぼそりと言う。 「陛下への忠誠、まことに礼をいくら述べても足りない」 「いいえ、当然ですもの」 「なるほど、忠実な臣下としては当然かもしれません」 ルイズに向けられたマザリーニの声と目には、単なる感謝ではなく、どこか皮肉なものがあった。 「ですが、『友人』としてならどうでしょうな? これは陛下の許しをえて進めていることですか。それとも、話してさえおられないのですかな?」 一瞬、言葉を失う。ルイズは眉根をよせた。 「……友人としても、陛下には逃げのびてほしいですわ。 なんだか、うちの使い魔と同じようなことを言うんですね」 「いや、失敬。たわごとと思って聞き流されよ。 では、すみやかに陛下を……」 328 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 04 51 ID DIjGLQvc そこまで話したとき、出て行ったばかりの老貴族があわただしく戻ってきた。 悲鳴のように告げる。 「門が攻撃されております! だめです、正面からはもう出られません」 ルイズと枢機卿は顔を見合わせた。 遅かった、と互いの目に書いてあるのを読み取る。枢機卿がため息をついた。 「いきなり策が狂いましたな」 自分が囮となって正面から馬車を走らせ、敵の目をひきつける間、アンリエッタを逃がす。どこまで行けば安全なのかわからないが、ラ・ヴァリエール領まで行けばまず確実に助かる。 それが、ルイズの提案した計画だった。 考える。たしかに序盤からつまずいたが、取り返しがつかないわけではない。 「いえ、それなら、わたしも馬をひいてこの道から抜け出ます。そこから囮になって、街道を反対に走ればいいんだわ。捕らわれるとしてもなるべく長く逃げてみせる」 「結構。では、急いだほうがよいでしょうな。さっそく陛下を呼んでまいりましょう」 マザリーニが物置部屋から出かけたとき、三人もの人間が入ってきた。 先頭にいるギーシュの後ろに才人を見つける。どうにかこうにか言い聞かせ、ギーシュかアニエスに伝えるよう言っておいたのだった。 「サイト」と言いかけて、最後に入ってきたアンリエッタに気づいて口をつぐむ。 そのアンリエッタが、淡々と言った。 「サイト殿から、すべて聞きました。わたくしを逃がすと」 ルイズは才人をにらみつけた。いや、どのみち言わなければならなかったのだが。才人はそっぽを向いている。 マザリーニがこほんと咳払いした。『午後の予定は要人との謁見となっております』と言うのと変わらない調子で、宰相は言った。 「陛下、話が早そうですな。ではルイズ殿に従い、すみやかにお逃げください。 玉体に万が一のことがあってはなりません。あなたの無事のために、外のすべての者が戦っているのですよ。陛下が危地を脱することこそ、みなの望みなのです」 アンリエッタは無言だった。水面のような静かな瞳で枢機卿を見、ルイズを見、床に暗い入り口をさらした抜け道を見た。 彼女のこぶしが白くなるまで握りしめられるのをルイズは見た――固唾をのんだが、決して引くわけにはいかなかった。 ややあってアンリエッタは顔を上げた。その瞳に、悲しそうな色がたゆたっていた。 苦渋の念がこもった声で、彼女はつぶやいた。 「ルイズ、ごめんなさい。わたくしのために、こんなことまでさせて」 329 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 05 24 ID DIjGLQvc 「姫さま」 ルイズは声を出して女王の前に歩み寄り、その手を押し包むようににぎった。 「勝手なことをして申し訳ありません。臣としての立場で僭越のきわみ、後からどのようなお叱りも受けます。でも、これだけは譲れません。国には姫さまが必要なのです。 ですからどうか、ここから離れてください」 臣としての立場。そう言いながら、「姫さま」と呼んでいることに、ルイズは自分で気づいていなかった。気づいたのは、アンリエッタの方だったろう。 彼女はルイズの手をにぎり返して、ためらいはしたがうなずいた。 マザリーニがふたたび咳払いして、館の主にうながした。 「馬を連れてきてくれないでしょうかね」 館の主が再度出て行った。召使たちに指図する声が聞こえる。 姫さま、とルイズはささやいた。 「申し訳ありません。これだけは我がままですが、サイトを護衛として連れて行ってもらえないでしょうか。ギーシュだけでは不安です。 こんな馬鹿ですけど、剣の腕はいいから、役に立たせてやってください」 使い魔が怒りに満ちた形相で、ぐるんとこちらに顔を向けるのが視界の端に映った。 「ルイズ、おまえ……!」 「サイト、落ち着けよ! 陛下の御前だぞ」 ギーシュがうろたえて彼を引き止めている。 そちらを向きたいという思いをこらえて、ルイズはできるだけ茶化すようにアンリエッタにささやいた。 「すぐ自分で引き取りにいくつもりですから。あずかっててくださいね?」 女王は、やわらかく微笑んだ。やはり、どこか悲しげに。 「わかっているわ、ルイズ。彼はあなたの騎士だもの、すぐあなたのところに戻ります」 才人がまた、何か言おうとしていた――それをギーシュも察したらしく、慌てて割りこんだ。 「ま、まあまあ。こんなときまで喧嘩することはないと思うが。再会の約束でもしておいたらどうだね、ルイズ?」 「……そんなの、必要ないわよ。どうせすぐその顔見るもん」 「ルイズ、意地をはってはなりませんよ」 アンリエッタが首をふった。 「彼と誓っておいたほうがいいわ。こういうことは、おろそかにしては駄目。ギーシュ殿?」 330 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 05 56 ID DIjGLQvc 女王に呼びかけられたギーシュが、「あ、はい」とあわてて飛び出していき、すぐ戻ってきた。手にワインボトルとグラスを人数分抱えている。 受け取り、そばの小さな卓に置いて、アンリエッタは手ずからそそいだ。四杯注いだあとでふと、マザリーニに目を向ける。 「あなたはどうなさるの、枢機卿? とどまるのですか?」 「そうですな。見てのとおり老体ですからな、街道をひた走るのは疲れそうです。足手まといになるのは恥ですので、ゆっくりこの館で休ませてもらいましょう」 飄々とうそぶく宰相に、「……そう。では、あなたとも杯を乾して誓いましょう」とアンリエッタは目を伏せて五杯目を注いだ。 ルイズはちらりと才人を見た。 才人が自分を心配してくれるのは、わかっていた。この計画を聞いて激怒することも。始末におえないことに自分は、拗ねながらもそれを嬉しく感じている。 ワインをそそぐ音が、ほこりっぽい物置に響く。 彼女の脳裏に、なぜか幼い日に父公爵のもとを訪れた吟遊詩人の声がひびいた。 愛のために王を裏切った騎士が、王の追っ手と戦って傷つき、主君を裏切ってまで手に入れた王女と杯を交わして愛を誓い、死んでゆきながら詠んだ詩だった。 (『今宵、別れの杯に、こぼるるものはわが血潮……かくてぞわれは呑みほしき、君がなさけを汲みし酒……裏切りは赤、死は来たり、杯に満ちわれを呼ぶ……』 やだ、これ、死別の詩よ。 そんなつもりはないわ。彼らはきっとわたしを人質にするはずよ、戦でも大貴族の捕虜はめったに殺されないって話だもの。絶対また会えるもの) 「誓いましょう。再会に」 アンリエッタがグラスをルイズとマザリーニに手渡してくる。残りをギーシュと、渋々の様子ながら才人が手に取り、アンリエッタ自身が最後の一個を持ち上げて、くっとかたむけた。 ルイズも、目をつぶってそれを飲みほした。下戸に近いため、一杯だけでくらりとくる。 「ルイズ?」 アンリエッタが心配そうにのぞきこんできていた。 「大丈夫ですわ……姫さま。わたしお酒だって、少しは強くなっれ、て、あれ、れ?」 いきなり、ろれつが回らない。 心配をかけまいと、心を落ち着けてからもう一度ちゃんとしゃべろうとした。 331 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 06 31 ID DIjGLQvc 「ルイズ。本当に……ごめんなさいね」 姫さま、なんでそんなことを言うんですか。そう言おうとして、おかしいと気がついた。舌が痺れている。 視界がぐにゃりと歪んだ。その歪みの中で、枢機卿がよろめいて倒れふしていった。 気がつくと自分も床に倒れている。最後の意識で、『ワインに薬』と認識した。 あとは暗転。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 館の主とアンリエッタ自身が、鳴かぬよう板を噛ませた馬をひいた。才人とギーシュがルイズ、それにマザリーニのぐったりした体を背負って運んでいる。 手燭を手に、暗い地下道を無言で三十分も歩いただろうか。やがて出てきた物置部屋と同じような階段に行き当たった。館の主が階段を上がり、慎重に上をまさぐる。 土が上にのって重いのか、顔を真っ赤にして力んでも持ち上がらなかったが、才人とギーシュが代わって持ち上げると、土がぱらぱらと落ちてふたが開いた。 夜の森の中に出る。 馬に階段をのぼらせながら、アンリエッタは思い返した。 (眠り薬が効いてよかったわ) 魔法は出ないのだが、ポーションはまだ効くらしい。 あの口論をドアの外で聞いたとき、ルイズが何をする気か予想はついた。 それで、明らかに不満げな才人から話を聞きだし、ギーシュを丸めこんでこうすることにしたのだった。袖の中にすべらせた薬を、ワインを注ぐときに二人のグラスに入れるのはたやすかった。 才人とギーシュが馬を受け取り、意識のないルイズとマザリーニをそれぞれ体にくくりつける。 アンリエッタは、馬に乗った才人を見上げた。 手燭の火は地下道の中に置いてきていたが、木立からもれる月の光で、かろうじて表情がわかる。 才人は黙りこくっている。むっつりと女王の顔を見るだけである。アンリエッタは、次にギーシュの馬のもとに歩み寄った。 「ギーシュ殿、枢機卿をよろしく頼みます。ルイズとこの人がいれば、トリステインは大丈夫」 ギーシュも無言だった。何か言おうと口を開きかけて、彼はけっきょく黙った。 かわりに横で口を開いたのは、才人だった。 「これはやっぱり正しくない。あんたら二人は話し合うべきだった。姫さま、あんたもルイズも互いのことを考えて行動したんだと思う。でも、善意が独りよがりすぎる」 その言葉にアンリエッタが答える前に、館のほうで角笛とドラの音、銃声とどよめきが起こった。 意識のない者以外、誰もがさっとそちらを見る。 ギーシュが震える声でつぶやいた。 332 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 07 05 ID DIjGLQvc 「始まったみたいだ」 アンリエッタは顔をもどして才人を見た。彼の腕の中にいるルイズを見た。うずく胸を我知らず押さえたが、そっと手を下ろす。 女王としての姿を、意識してよそおう。 わずかに微笑んで、彼に答えた。 「でも、やはりこうするしかないのです。望むと望まざるとにかかわらず、わたくしは女王です。 ルイズはわたくしの安全を考えてくれましたが、王家の義務と名誉をわたくしは選ばねばなりません。 あなたは王家の騎士ではありません。もともと、女王のために戦う義務はないのですから、わたくしもあなたの手は必要としません。 夜陰にまぎれ、ルイズを守って遠くへ逃げてください。ラ・ヴァリエール領まで駆けてしまえば、だれも手出しはできません。 これ以上言うことはありません。急いでください。 ルイズをよろしく頼みます。その子が、白百合の玉座の後継者ですから」 それが、別れの言葉だった。「ルイズとお幸せに」と付け加えようかと一瞬考えたが、やめておく。涙声になっては、台無しである。 アンリエッタは優雅に一礼すると、彼の表情を見ないようにして、身を返して地下道への階段を下りる。 館の主が、出入り口のふたをかぶせて、後ろにつき従った。 帰りは行きより早かった。館に戻ってすぐ、アンリエッタは館の侍女に命じて着替えを手伝わせた。 (玉座は一人で座るしかない、父祖たちがずっとそうしてきたように。戦いからも玉座からも、逃げられない) 処女雪のような純白のドレス。 シルクの袖は手の甲までぴったり包む。胸元に大きな緑の石のブローチ。 宝石をあしらった王冠を栗色の髪に載せる。 大広間に入り、肘掛け椅子に座す。 外からは銃声と叫びとドラの喧騒が届く。 しゃちほこばって直立していた館の主が、「陛下……よろしかったのですか? その、脱出せずに」とためらいがちに訊いてきた。 アンリエッタは柔らかい椅子に身を沈めながら、彼に答えた。 「部下が戦っているときに、わたくしが真っ先に逃げれば、トリステイン王家の名誉はおおいに傷つくでしょう。 臣下らがわたくしの無事を優先していたとて、世人の口は残酷なものです」 (重要なのは王家であってわたくし個人ではない。そして王家はルイズが継いでくれる。 わたくしは愚かな女王だった、今度のこれも愚行かもしれない。そうだとしても、最後の愚行になるでしょう) 333 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 07 38 ID DIjGLQvc 「わたくしが座るところがトリステインの玉座、今夜ここから逃げる気はありません。逃げるとしてもそれは、部下たちが敗れ、矢折れ力つきる前ではない。 戦いの序盤から逃げる王が、名誉を全うできますか? 敵がわたくしの膝元で舞踏会を開いています。わたくしは彼らと踊りましょう」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 夜の森で馬を走らせるのは気ちがい沙汰である。ましてや山になど踏み込めない。 平原に出て、速やかに逃げる必要があった。街道は、どのみち通らざるを得ない。当たりまえのことだが、街道がもっとも馬が走りやすい。 才人はルイズを抱えて乗ったまま、慎重に馬を歩かせていた。後ろでは、背中に枢機卿をロープでくくりつけたギーシュが黙りこくってついてくる。同じく騎馬。 (馬が疲れるな……だけど、何かあってもすぐ走り出せるようにしないと。二人だと乗るのに手間がかかるし) 逃避ぎみの思考で、そう判断する。 実のところ、この先の行動を、自分でも決めかねていた。 (姫さまはラ・ヴァリエール領まで逃げろと言った……けれど、そう簡単にはいかないはずだ。十中八九街道は見張られてるな。 ルイズが自分が囮になると言い出したのも、元はといえばそのためだった) アンリエッタはときどき詰めが甘い。とはいえ、まさか責められもしない。 彼女は残り、自分たちはこうして逃がしてもらったのだから。 (それで……いいのか? 俺?) 最後に見た、木漏れたおぼろな月明かりに照らされるアンリエッタの表情が思い浮かぶ。 女王として凛と立とうとする顔。 けれど、うるんだ目がどこか切なげで、哀しい微笑をたたえていた。思い返すと胸が痛くなる、誰かに似たような表情。 (ああ、そうか……さっき『俺もついていく』と言ったとき、ルイズが俺に向けて浮かべた表情と似てるんだ) 「……サイト」 押し殺した声で、後ろのギーシュがささやいてくる。彼はおさえかねるように才人の背中に激情のこもった声をぶつけてきた。 「ぼくは戻りたい。みんな、陛下を守るために戦ってる」 才人は振り向かなかった。ギーシュがさらに言いつのる。 334 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 08 12 ID DIjGLQvc 「陛下の言われたとおり、きみは王家に使える騎士ではないかもしれない。 でも、ぼくには陛下を守る義務があるんだ、わが先祖が王家に忠誠を誓い、貴族として取り立てられたときから。水精霊騎士隊の隊長なんてものを引き受けているし……」 「……マザリーニ様を逃がせという命令を、たった今女王陛下から受けただろ、お前。戦いが怖くて逃げるわけじゃねえんだから、」 「いや、怖いよ。怖いがね、ぼくにはこのまま去るほうが耐えられない。陛下の命令に背いてでも、別の義務を全うしたいんだ。 貴族としての、友人としての、隊長としての義務だ。 いや、きみだってどうなんだ? あえて義務を離れたところで訊くが、ほんとうに戻りたくないのかね? 後悔せずにいられるかね?」 お前ってやつはときどき凄いよ、と才人は背を向けたままため息をついた。 その質問を受けたとき、悩む必要があったのかと思うほどあっさりと、方針が決まった。たぶん、本心ではとっくに決まっていたのだろうけれど。 「……ギーシュ、そろそろ街道に出るぞ。全速力で馬を走らせる」 「いいのか!? それで……!」 「聞けって。村へ行く。あんな頑丈な石壁だったんだ、たぶん門をぴっちり閉ざしていれば敵は入れねえ。宰相さまとルイズを預かってもらおう」 「ということは……戻るのだね!?」 ギーシュの声が明るくなる。そういえば自分もすっきりしてるな、と才人は苦笑して断言した。 「ああ、放っておけるわけねえだろ。戻る」 街道は月の下、ある程度見渡すことができた。 見る限り、誰もいなかった。後方からかすかに響く戦闘の音を別にして、静寂でさえある。 二人は必死に馬を飛ばす。一瞬でも早く、村に着いて中に入ってしまわなければならなかった。 街道をたちまち横切り、村へと続く小道を駆けさせる。 ほどなく、村をかこむ石の壁が見えてきた。 まさに『城壁』といえるほどの堅牢なつくりで、館の壁よりはるかに立派である。 壁の内側からは赤々と光がもれており、村も夜通しで警戒していることがはっきりとわかった。 「あれなら、大丈夫そうだな……」 そう洩らしたとき、ギーシュが恐怖に満ちた声で呼びかけた。 「おいサイト、き、来た!」 335 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 08 49 ID DIjGLQvc 何ぃ、とうめいて肩越しに振り向く。 背後から疾駆する者が二名。小道だけではなく、アザミやヒースの生い茂る野を突っ切って追いすがる騎影は、少なく見ても十名はいた。 反応が早い。騎馬隊を惜しみなく使って斥候に当てていたのだろう。 (大丈夫だ、まだ離れてる! 先に門の中に入ってしまえば……) そこで気づき、真っ青になった。 村の表門。昼間に壊された丸太づくりの裏門と違い、重厚で頑丈な石の門。 もちろん、がっちりと閉まっているはずだ。 「じょ――冗談じゃねえ!」 門の前にたどりつき、村人に呼びかけて、自分たちが女王の臣下で追われている者だと説明し、納得させ、門を開けさせる。……いくらなんでも、手間がかかる。 敵が追いつくまでにそれらの全てが電光石火で終わるとはまったく思えない。 表門が近づいてくるにつれ、その確信はますます強まっていった。 月とかがり火に照らされた石の門は、冷たく無慈悲にそびえたっている。 過酷な現実に、つねは底抜けに明るいギーシュでさえ言葉が出ないようだった。 才人は舌打ちして、馬からおりた。 デルフリンガーを抜いて、構える。馬の上から振り回すような器用な芸当は、ガンダールヴの力を失った才人が、両手持ちの大剣であるデルフリンガーでやれる技ではない。 (こうなれば、あがいてやらあ) 続々と周囲に集まってくる騎馬の集団は、そんな才人を見て忍び笑いをもらした。彼らは簡易な甲冑をつけ、手に手に弩(いしゆみ。ボウガン)を持っていた。 中でも一人、ひときわ大きく、派手な服を着た男が馬からおりて前に出てきた。 「俺たちはロマリアの騎馬傭兵隊……で、今夜は斥候役なんだ。逃げる者がいたら捕らえろとも言われたが、まさかほんとにいるとはね。 小僧、構えを見たらそれなりに使えるようだが、平民同士なら数の差ってのは大きいぞ。やめとくんだな。 おれが一応、この傭兵隊の長さ。どうしても戦うつもりなら、おれを狙うんだな。もっとも、部下どもが矢を放たないとは約束できないがね。 で、そこの娘っこを引き渡してくれないかね? 見たところ平民には見えんのでね」 なあに心配するな、おれたちロマリア人はレディには優しいから、とその傭兵隊長が笑う。 うなる才人の前に馬でたちふさがるようにして、ギーシュが「待った、待った!」と割り込む。 「おまえたち、大貴族に手をかけようっていうのか? 考えてもみろよ、今夜がすぎたらきっと恐ろしい目に合うぞ。ああ、きっとそうなるとも! いっとくけど、この娘は女王陛下じゃないぞ。ぼくらのことなんて忘れてどっか行ったほうがいいと思うがね」 「あいにく、おれは共和主義者ではないが、王侯貴族のたぐいは大嫌いでね。 ちょうどいいことに、そこの娘っこと、ああ、お前もか。貴族は人質にすれば金がでてくる。それを受け取ったらさっさと逃げることにする。お前らは国境で解放してやるよ」 身をかざる金銀の装飾具をヂャラヂャラ鳴らしながら、その傭兵隊長はせせら笑った。 336 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 09 22 ID DIjGLQvc 「ま、待てよ、唐突に貴族嫌いとはこれいかに」 「なぜって? おれたち傭兵隊を見ろ。力量(Virtu)の世界、才覚だけでのし上がる世界だ。失敗すれば死に、成功してもいつ蹴落とされるかわからない。 飯の種が戦なので、まさに命を賭けて食いつなぎ、そのくせ敗戦でも生き延びたら『こすっからい傭兵め、命を惜しんで必死で戦わない』と言われる。 で、その一方、お前ら貴族は生まれたときから銀のさじで人にものを食べさせてもらい、教養とかのお遊びをつめこみ、名誉だの誇りだので戦をしやがる……それがたまらなく不愉快なんだよ」 一息で言ってから、剣をかまえている才人を見やる。 「そこの小僧みたいに、貴族に尻尾を振る平民は、貴族以上に好きじゃない。 人質になる貴族でもなく、レディでもない。殺してもかまわんところだが、今すぐ剣を捨てるなら縛って放置するだけで許してやる」 「サイトは元平民だが、今じゃ貴族だぞ」 ギーシュが、うっかり口をすべらせた。 才人はげ、と内心でうめく。シュヴァリエになったときから体験してきたことだが、マルトー親父がそうだったように「同じ平民が貴族になった」ことに拒否感を示される場合があった。 だから、平民相手になるべく身分を申告しないようにしていたのだが…… 傭兵隊長の目が、すっと細まった。 表情を消し、「いま何といったね?」とたずねる。 その男は銀の打ち出しがあるベルトから、差していたナイフを抜いた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 戦闘開始一時間後。 敵の攻撃は分散しだしている。開始前の予想通り、壁にとりつこうとする敵を片端から落としていく戦いになっていた。 最初に門に来た敵は撃退していた。今は門につながる小道をのぼってくる敵の姿は見えない。 あのときはマスケット銃の一斉射撃を急ぎすぎた、とアニエスはほぞを噛んだ。 有効射程を見誤るという痛恨のミスをした。十名ばかりの敵先鋒の、小道を駆け上ってくるあまりの勢いに驚いたのも事実だ。正気とも思えない勢いで彼らは門に突進してきた。 一斉射撃で打ち倒せたのはせいぜい二、三名、のこりは門わきの壁まで達することに成功し、乗り越えようとした。格子の間から手を突っこんで直接、錠をはずそうとした者もいる。 それらは、壁際で大勢待っていた銃士隊が剣で突き刺し、追い返した。 337 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 10 05 ID DIjGLQvc (おかしい。あの突撃は明らかにあちらの失策だ。常識なら、あんな無謀な突撃で銃の前に出てくるはずがない。 それだけじゃない、壁に無我夢中で取りつこうとする奴らは、あきらかにタイミングが読めていない。勇気……というか狂気じみたエネルギーはあるが。 奴ら、度をこした興奮状態にある) おそらく、血気にはやりすぎて、指揮官の手に余る狂躁状態になっていたのだ。見てみれば、門の外に転がるいくつかの死体は全てが若者だ。 (戦闘慣れしていない新兵のような連中か? なら、逆に幸いかもしれん。敵の指揮官と兵の連結がうまくできていないのは喜ぶべきだ) マスケット銃に弾を押しこめつつ、敵の次の手と、こちらの対策を考える。 遊撃の銃士隊以外で、数人が先ほど攻撃された場所に集まりすぎていたのを、怒鳴って持ち場に追い返す。 (……こっちだって事実上の新兵だらけだな。水精霊騎士隊だけでなくほかの近衛メイジたちも、魔法を奪われて勝手が狂ってる) ドラが館の裏手のほうで鳴った。それはすぐに止む。壁ぎわで阻止したらしい。 横手で鳴る。これも止む。見たところ、石を投げて追い払っている。 反対側の横手――ドラが鳴り止まない。距離は直線で百五十メイルか。 アニエスは立ち上がり、「馬に乗れ。行くぞ」と銃士隊員に声をかけた。 遊撃担当の銃士隊三十名が駆けつければ、もし壁を乗り越えられていても数名までなら即座に始末できる。門には銃士隊二十名と副官を残してある。 (まだ滑り出しだが、この対策は有効のようだな) そう思ってすばやく馬にまたがろうとした瞬間だった。 風を切る音とともに、アニエスの頭をかすめて矢が飛んでいった。勢いの鋭さからして弩の矢だ。恐怖の声をあげた銃士隊員たちにふりむき、ぼそりと言う。 「……壁にあまり騎馬で近寄らないほうがいいな。体が高い位置に来るため、壁の外から上体が見えて、飛び道具の格好の餌食だ」 そうとだけ言ってあらためて馬に飛び乗る。 駆けだした後から、どっと冷たい汗が出た。 338 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 00 10 46 ID DIjGLQvc 戦闘開始二時間後。 「……違う!」 アニエスはぎりっと歯噛みして地面を蹴りつけた。 敵の戦術が変わった。 飛び道具の雨を降らせてくるようになった。こちらは壁にはりついてやり過ごすしかない。 それから突撃してくる。いっせいに壁に取りついて乗り越えようとしてくるが、抵抗が激しいと執着せず、銃士隊が駆けつける前に、波が引くように森に逃げ込んでいく。 これも正攻法だ。正攻法ゆえに、厄介きわまる。銃士隊が駆けつける前に、乗り越えた敵と乱闘になって深手を負う者もいた。 壁ぞいの内側は、地面が外側より高いぶん、乗り越えてきた敵が森めがけて脱出するのは容易なのだ。 どんどん、敵の動きがスムーズになっている。 (練達した兵、おそらく傭兵が混じっている! とくに飛び道具を操る連中に。 若く慣れていない兵の狂熱が冷め、動かしやすくなってきたんだ) 二種類の敵。老練な傭兵と、命知らずで狂信的な兵。 壁の内側で、剣に突き刺されて瀕死だった敵兵の上にかがみこんで、尋問していた銃士隊員が先ほど報告をもたらしていた。 「こいつら、共和主義者です! その……陛下を狙うのは、すべての邪悪なる王権を打倒するためだと寝言を言っております」 (共和主義者。ゲルマニア人。革新の国では、さまざまな思想がるつぼのように渦巻いていると聞くが、よりによってブラックリストの筆頭にあたる思想までか) さすがにゲルマニア帝室と関係はあるまい。 ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世はアルビオン遠征の後、ハヴィランド宮殿でアンリエッタとともに、共和主義の勃興をおさえる『王権同盟』を結んでいる。【8巻】 では、何者がこのような大掛かりな襲撃を画策したのか? (今夜死なずにいたら、必ず調べあげてやる) 剣を抜いたまま壁にはりつき、敵の雨あられと降らせる矢をやりすごしながらアニエスは誓った。 夜には音が満ちている。かがり火の燃えるパチパチという音。矢が風を切る音。もちろんドラや角笛の音も。 弩や銃の攻撃を受けるたびに、壁は砕けそうなほど震えがはしる。いや、実際に当たった箇所は少しずつ砕けているはずだ。 この古くもろい壁が、アニエス達の命綱なのだった。 遠くの壁で、乗り越えようとしてくる敵に打ちかかるメイジたちに、怒号をとばす。 「でき得るかぎり一人に対して複数であたれ! 乗り越えられたら前後から襲いかかって速やかに決着をつけろ、一人片づけたら仲間の支援にまわれ、でなければたちまち貴様らのほうが数が少ない局面になるぞ! 貴族の誇りとかは全部忘れてしまえ!」 12 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 37 20 ID zn1b7t+T \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 〈山羊〉は森の中から、壁の攻防を見やっていた。 敵陣は壁ぞいにいくつもの火が焚かれており、壁の上に上体を出して投石や銃撃をしている様子が、こちら側からよく見える。対して、あちらからは森の中が見えまい。 攻めよせるこちらは危なくなれば、森に逃げ込むだけでよいのだ。 (こちらにはこの森、故国ゲルマニアの黒い森に似たこの環境が味方している) 「それにしても、女王の手勢はよく戦う。銃士隊とやらの働きだな」 冷静な評価を口にする。それを聞いて、そばの〈鉤犬〉が不安そうに甲高い声を出した。 「なにを落ち着いてるんだ。どう見ても、こっちの犠牲のほうが多いじゃないか。壁にとりついても全部撃退されてるぞ」 「心配するな、今のところきわめて予想通りの展開だ。 傷ついているのは若い共和主義者どもだ。傭兵どもはさすがに狡猾に、危険を避けて五体満足なものが多い。最後にはやつらが勝負を決しそうだな」 傭兵たちとおなじく、〈山羊〉は慎重な性格だった。危険が及べばさっさと逃げる。この戦闘も、慎重な戦い方で進めていた。 味方の兵をなるべく失わない、という慎重さではない。敵をじっくり攻めて、確実に敗北に追いこんでいく戦い方なのだ。 (それにしてもこいつ、白シャツ姿でそばに来ないで欲しいものだ) 〈鉤犬〉をじろりと見て〈山羊〉はそう思った。 自分のように黒衣ならともかく、夜でも目立つ白だ。万が一、敵陣から見えて狙い撃ちされてはことである。〈鉤犬〉が勝手に死ぬのはいいが、自分まで巻き添えにされてはたまらない。 「……敵の指揮官は最善を尽くしている。奮戦といっていい。だが、この戦いは真っ当な結末を迎えるだろうよ、数時間のうちにな。 策などいまさら必要ない。敵もこちらの意図に気づくだろうが、気づいたところで対策はないさ、奴らには抵抗し続けるしかないのだから」 そうかい、と答える〈鉤犬〉があまり面白くなさそうな様子であるのに気づき、〈山羊〉は片頬に笑みを刻んだ。 こいつの同志である共和主義者どもが、捨て駒のように扱われているのが気に入らないのだろうか。〈山羊〉の立てた作戦において実のところ、彼らはまさに捨て駒だったが。 (残念だな、決着は俺がかき集めた傭兵どもがつけるだろうよ。最大の手柄は俺のものだ、恩賞もそれだけ大きくなるだろうさ) 〈鉤犬〉が横顔を見つめてくるのがわかった。無視しているとやがて、その気配はどこかへ消えた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 肘掛け椅子に座り、アンリエッタは目を閉じて黙然としている。 13 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 37 57 ID zn1b7t+T 召使たちも外の戦いに駆りだされているが、全員ではない。老いた者や、アンリエッタ自身と変わらない年齢の侍女は大広間に集まり、おびえた声でささやきを交わしていた。 「さすがに女王様は落ち着いてらっしゃる」という類の言葉がもれてきて、アンリエッタは目を閉じたまま苦笑したくなった。 いまは『動じない女王』を演じているだけである。 誰にも劣らず怖かった。待ち続けた後に何がくるのかわからない。それでも、アニエス達を信じ、ただ待つのが彼女の役割だった。 何時間たったのだろうか。 長い夜。本当に長く感じる。何度も爪を噛みたくなり、そのたびに衝動を押し殺していた。 この戦いは自分のために行われている。敵は自分を狙い、味方は自分を守る。ただそれだけを目的として多くの者がこの夜に傷つき、死んでいく。 彼らのためにせめて今夜だけは、自分はその価値がある『女王』であらねばならない。 ふと、アンリエッタは薄く目を開けた。 館の主が、地図を卓の上に広げて見ていた。ときおり、外から聞こえてくる戦の音に青ざめた顔を上げ、危険をかぎわけようとする動物のように鼻をうごめかしてから、目を地図に戻す。 「なにをしているのですか? なぜ、地図を」 声をかけると、その老貴族は顔を上げた。 「陛下……防備が突破されたおりには、乱戦となるでしょう。敗れたときには逃げる、と陛下はおっしゃられました。逃走経路を確認しております」 (わたくしは『少なくとも、部下たちが敗れる前に逃げることはない』と言ったのだけれど……いえ、この誠実な老人はわたくしのためを慮ってくれている。 でも、考えたくはない。逃げるわたくしの後ろで、アニエスはじめ忠実な部下たちが死んでいく状況などは) 「ありがとう、あなたには感謝します」 感謝という形の、柔らかい拒絶だった。それを敏感に感じ取ったらしき館の主は、目をすえて「おそれながら」と直立し、述べた。 「わしも戦いに出てまいります。その許可をいただけませんか」 「……なぜ? あなたは老体です」 「わしはこの館の主です。自分の館に敵が攻めてきているとき、主として陛下の御身を守るために何もしないことには耐えられませぬ」 気にやまなくてよいのです、と言いかけて、アンリエッタは口をつぐんだ。自分とて、誇りのために残ることを選んだのだった。 「では……直接戦うよりも、井戸でくんだ水などを持っていっておあげなさい。戦う者たちはきっと、のどが渇くでしょうから」 「御意」と老貴族は頭をさげて、大広間にいた召使たちを呼び集めた。最後に、アンリエッタに近寄って腰を折り、手にした地図をささげもって出す。 「ここら一帯の地図でございます。一応でも目をお通しください。どうか、お逃げになる選択肢を捨てられませんよう」 14 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 38 28 ID zn1b7t+T 召使たちを引き連れて、館の主が出ていくと、アンリエッタの他には老若二名の侍女が残るのみとなった。 静かになった広間の中で、ぼんやりと、地図に目を落とす。 街道とその周囲の地形を見ながら、友人たちを案じる。 (ルイズたちは、無事に逃げられたかしら) 壁にかかった燭台の火の下で、地図をひたすら眺めつづける。 どれだけ経ったのだろうか。呼びかけられたような気がして、アンリエッタは顔をあげた。 衝撃を覚える。 「女王陛下、また会いましたなあ」 暗い大広間の出入り口に、二人の人間が立っていた。 背の高い男と、低い男。低いほうは、昼間に見た顔である。 「『王は玉座に座してけり、もののふ周りに居ならびて』……といいたいところですが、あいにく、あなたと侍女どもしかいませんねえ? 外の攻防が抜き差しならないからといっても、ちょっとこっちが無防備すぎましたな」 〈鉤犬〉は乱杭歯をむきだして、満面の笑みをうかべた。 「なぜここに、と言いたそうですなあ。お教えして進ぜましょう、あなたがたの通った地下道ですよ。 〈ねずみ〉が、そういうものがあるのではと言い出したので、わたしは手持ちぶさたに何時間もにおいを探して森を歩きました。 その苦労はむくわれ、森の中に通じていた秘密の通路を見つけ、そこから館に直接入ってきたしだいです。 解せませんね、あなたあそこを通ったでしょう? においがぷんぷんしましたよ。なぜ戻ったのかねえ……まあいい、これで終わりです」 〈鉤犬〉の得意そうな声とともに、無表情の大男が前に出た。ごく普通の灰色の上着とズボンを着け、手に三日月のような反りの大きい刀を持っている。 アンリエッタ同様呆然としていた館の侍女二人のうち、老いた侍女がとっさに手をひろげてその前に立ちふさがろうとした。 展開は残酷だった。 大男はためらいもなく三日月刀をひらめかせ、老侍女の肩から胸までを斬りさげた。鮮血の臭いが大広間にたちこめ、声もあげず即死した侍女が床にころがった。 「な……なんということを……」 アンリエッタは蒼白になり、思わず立ち上がっていた。 「紹介しましょう、〈ねずみ〉です。メイジですが、このとおり武器として三日月刀を使います。 彼はもともと、共和主義を信奉するわたしの同志の出でしてねえ。あの〈山羊〉なんぞよりよほど同胞なんですよ」 その金壺眼の大男を示しながら、〈鉤犬〉が紹介した。 15 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 39 51 ID zn1b7t+T 「こう見えても彼は繊細で、情報を集めることや仕かけに関すること、その他の工作に長けているんです。抜け道をさがす時、大体の場所をしぼったのも彼ですよ。 〈山羊〉なんかにこの手柄をゆずることもあるまい、と思いましたので、二人だけでまかりこした次第ですが……彼がいればたいていの兵は相手になりませんし、そこも問題なかったわけです。 さあ、あきらめはつきましたかね?」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 戦闘開始から、どれだけ経っただろうか。 波が、退いた。敵はいったん退却した。 夜が白みだすまで、数刻だろう。 散乱した屍の数を見る限り、敵の損害のほうが、間違いなく多いはずだ。少なくとも三十人は片付けた。重軽傷者はもっと多いだろう。特に傭兵以外は、ほとんど傷ついているはずだ。 それなのに、アニエスは重い疲労と危険な焦慮を感じている。 (消えていない、森にいる……われわれの損害だって、死者が多くないだけでけっして馬鹿にならない) 傷だけではない。疲労が味方をむしばんでいる。精神と肉体双方の疲労だ。 戦う意志を捨てず、目に光はあるのに、棍棒をにぎることもできないほど四肢がぶるぶる震えている者。 壁に寄りかかって、繰り返し胃液を吐き続けている者。 銃士隊員の中からも、戦闘不能者が出た。となりに立って銃を撃とうとした僚友の目に矢が突き立つのを見た隊員が、壁の上に顔を出せなくなった。今は壁ぎわにうずくまって泣いている。 この『消耗』という魔物に、全員が取りつかれていた。 (ちくしょう、敵は攻めたいところを攻め、休みたいときに休めるんだ……慣れない武器を握って戦うメイジも、動きっぱなしの銃士隊も肉体がついていかない。 それに、主導権を握られているという状況は、われわれの精神をすり減らす。 敵のほうが損害が多くても、このままだとわれわれは一気に崩壊する。 とどめに、弾が尽きかけてやがる) アニエスは壁に背をあずけたまま、銃に弾をこめる作業をはじめた。あと何回もこの作業をすることはないだろう。 巡幸に出るとき用意した、マスケット銃につめるありったけの火薬と弾をこの夜に消費した。今や底を尽きかけている。 近衛メイジの指揮官が、座ったまま黙々と手を動かしているアニエスのそばにやってきた。 彼は手にしていたくわを投げ出し、あえいでアニエスの横に座りこんだ。 しばらくして、放心したような声が横から聞こえた。 「平民の戦が、こうまで惨烈なものだとはな」 16 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 40 20 ID zn1b7t+T アニエスは顔も上げず応じた。 「泥臭く、血生臭いだろ」 「見てまわってきたが、うちの連中の半ばは、やっとのことで動いている。もう半分はみな傷を負っており、さらにその半分はすでに戦闘不能だ」 「こんな戦いだとメイジは使えん。わかっていたことだ」 メイジの指揮官は、精悍な顔を不愉快そうにゆがませてアニエスをにらんだ。だが、視線をそらしてつぶやく。 「……敵を殺すことにためらいのある連中ではないはずだ。それなのに、武器を敵に振り下ろせないと喚いたあと、ずっと放心している者がいる」 「杖を振って離れた敵を殺すことと、手ずから持った剣や棍棒で敵を殺すことは別だ。銃士隊員にもいた、射撃の腕は抜群でも剣を持つと震えだす者が」 「おい、銃士隊長、ひとつ聞きたい。なんで奴らは意気阻喪しないのだ? お前たちの……認めてやる、お前たち銃士隊の働きで、敵は何割かを失ってるはずだ。 この数は、通常の戦ならとっくに敗走してるぞ」 「なぜなら、奴らはわれわれが弱りつつあるのを感じてるからさ!」 アニエスは奥歯が砕けるかと思うほど歯を食いしばった。 敵は、一兵一兵にいたるまで士気が高い。 主導権を握っていることを知っており、着実にこちらの力がそがれているのも感じ取っている。そして、壁を突破すれば、もう自分たちが間違いなく勝つことも。 「加えて、少なくとも一部は命を惜しんでないからさ。立派な敵だな、思想のために他国の女王を殺そうとして死ぬことを厭っていない。 せいぜい一人でも多く殺してやる。命知らずの敵には通常、敬意を払うが、こいつらは別だ」 ああ、陛下に手をかけさせるものか、と隣でメイジの指揮官がつぶやいた。 アニエスは弾をこめおわり、よろめいて立ち上がろうとした。かがり火に薪を補充するなど、細かい指示を下しておかねばならない。 それを、指揮官が手でとめた。 「細かいことは俺がしてくる。貴様はもう少し休め。水でも飲んでろ」 水筒を放られる。きょとんとしてアニエスは受け取った。気がつけば、のどがひどくかわいていた。 立ち上がって歩み去ろうとする指揮官に、「れ……礼を言う」と戸惑ったまま声をかける。 今夜昇格したばかりの若い指揮官は、むっつりと顔をそらした。 「この際言っておくが、平民出の女を働かせすぎた今夜は、貴族として俺の恥辱の時だ」 水筒に口をつけかけていたアニエスはむせて吹きだした。こらえきれず、壁にもたれたまま腹をかかえて笑う。 「なにがおかしい!」とむきになって指揮官が顔を赤くし、乱暴な歩き方で壁を離れていった。 その首を、壁の後ろから飛んできた矢がつらぬいた。横転して、二度と動かなかった。 アニエスの笑いが凍りついた。 水筒をぐっとあおる。銃を手に立ち上がって壁の向こうを見る。 17 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 41 27 ID zn1b7t+T 少年といっていいほどの若い敵兵が、木の切り株を転がして作った足場の上に立ち、弩を構えていた。 やった、とばかりに誇らしげな笑みを浮かべていた。アニエスが壁から銃を向けると、慌てて切り株から飛び降り、森に逃げこもうとする。 ゆっくりとその背を狙い、石のような心で引き金をひいた。少年兵が倒れる。 ……その直後だった。森から角笛が鳴らされたのは。 戦闘再開の合図。近くから激しく打ち鳴らされるドラの音とともに、どずん、と壁が激震した。 目を向けて、アニエスは痛烈に舌打ちする。 考える間もなく、壁を乗りこえて外側に降りたつ。銃士隊の面々が叫び声をあげて制止しているのを後ろに聞きながら、剣を手に突進した。 丸太に二本の縄を巻きつけ、縄の両端を屈強な男四人がつかんで壁にたたきつけていた。 縄を手放してアニエスに応戦しようとした一人の首筋を斬り、血管を断って血を噴出させる。返す刀で、丸太の縄を一本切った。 逃げる男たちに目もくれず、自らも背をむけて壁にとりつく。 「なんて無茶を!」と口々に言いながら、銃士隊員や近衛の兵たちが引っぱりあげてくれる。 体裁をつくろう余裕もなく、無様に壁の内側に滑り落ちる。直後に、弩の矢や銃弾が飛んできていた。 (ついに簡易な破城槌まで、作ってきた) ずん、ずん、と壁にさらに振動が伝わる。遠くのほうでも、丸太がぶつけられているようだった。 壁の内側にあお向けに倒れこみ、夜空を見あげたままアニエスは絶望を感じた。 (消耗を狙っていたんだ、最初から。 多方面から長時間、波状に攻めよせることで、ただでさえ不足している壁の防員を奔走させて、疲労と弾が尽きるのを待っていた……だが、それがわかったところでどうしようもなかっただろう。 飛び道具はもうない、壁は遠からず穴を開けられ、敵がなだれこんでくる) \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ アンリエッタは立ち尽くして、歩み寄ってくる〈ねずみ〉を見た。 その手の三日月刀は老侍女の血でぬらぬらし、蝋燭の火とあいまって赤く輝いている。 ひっ、と隣でおびえた声があがる。若い侍女が怯えきってへたりこんでいた。 固唾をのみながら、アンリエッタは問うた。恐怖に麻痺しそうな舌を無理やり動かす。 「……殺すのですか、わたくしを」 18 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 42 39 ID zn1b7t+T 〈ねずみ〉の足が止まった。その巨体の中で、ただひとつ呼び名にふさわしい小さな目が光り、「いいや、できるかぎり殺しはせんさ」と低い声で否定する。 「あくまで手こずらせられたら別だが、おそらくそうはなるまいよ。 邪魔されぬよう、玄関はとうに鍵をかけて閉めてきたぜ。叫び声が万が一、外に届いたとて、外のやつらが扉を壊して入ってくるまでに、あんたをどうにでもできるさ」 〈ねずみ〉に続き、〈鉤犬〉が後方で手をひろげ、大仰に話し出す。 「すぐ殺すには陛下は貴重すぎますよ。 あなたの父は王、祖父も王、さかのぼったあまたの先祖たちと同じように。あなた自身もまた女王であり、あなたの産む子は王位継承権を持ちます。 このような血を利用したいと思う者は多いのですよ。 わたし自身は共和主義者でして、王家の血など、反吐の出るような濁った古い血としか思えませんが、世の中一般で価値あるものとみなされていることは否定できません」 (王位継承者はルイズよ。わたくしに何かあれば彼女が次の女王だわ) そう思いながらも、アンリエッタは次の質問をした。 「共和主義者? ではあなたがたは、レコン・キスタのような……? わたくしに手をかけようとするのは、その復讐ですか」 「いや、違いますね。あれは有名ですが、われわれとは関わりさえない別々の組織でしたよ。 とりあえず、あなたには会ってもらいたい人がいます。あちらも、なるべくなら生きたまま顔を合わせたいそうで。 生きてさえいればいいし、手に余るようなら殺してもいいと言われてますが。 質問は、もう受け付けませんよ。そろそろ……」 「離れろ!」 この瞬間に、怒声が響いた。 大広間の入り口に、またしても人影があった。 アンリエッタの衝撃は、〈鉤犬〉と〈ねずみ〉が現れたときより大きかったかもしれない。 黒い髪と瞳。手には抜きつれた大剣。 ビロードの黒いマントは自分が与えたもの。騎士の証。 走り続けてきたらしく、その少年は呼吸を荒げ、額に汗を光らせている。 手は怪我したのか、血のにじむ白い布を巻いていた。 19 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 43 12 ID zn1b7t+T 信じられない思いでその少年を見ながら、アンリエッタは唇を震わせた。 「サイト殿……?」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 才人は呼吸をととのえながら、もう一度同じことを言った。 「その人から、離れろ」 広間内の人間は、一様に驚きの目で彼を見ていた。昼間の〈鉤犬〉と呼ばれていた小男が、呆れたように首を振った。 「〈ねずみ〉、この小僧、俺たちとおなじ地下道を通ってここに来たみたいだ。見たところ、お前と遊ぶ気があるらしいぜ」 呼びかけられた大男が、才人の全身と剣をじろじろ見ていた。それから才人に体ごと向き直る。 ものも言わないまま、無造作にこちらに歩いてくる。 才人はその男の血に濡れた三日月刀と、庶民の服をまとった筋肉質な上体を見た。 ガンダールヴの力なしで、このような大男を相手するのは、普段ならごめんこうむる。 が、自信がまったくないわけではなかった。 これまでたびたび、アニエスに稽古をつけてもらっていた。わざわざ「武器」から遠い木の枝を使い、ガンダールヴの力をなるべく使わずに。 (成長したのは、ルイズだけってわけじゃねえぞ) 「踊るか、小僧」 〈ねずみ〉の声と、斬撃が同時だった。とっさにデルフリンガーで受け止めた瞬間、手が痺れかけた。 分厚い刀が引かれ、横殴りの猛烈な斬撃がもう一度来る。 あわてて才人は飛びすさった。 (こんなの下手に続けて受けたら、デルフを弾かれる!) それを追いかけるように、〈ねずみ〉が進んでくる。力にまかせて、斬るというより殴りつけるように振り回してくる。 速度がどんどん上がっていく。縦に、横に、袈裟がけに三日月刀がひらめき、〈ねずみ〉の巨体が少年にのしかかるように前へ出ていく。 20 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 43 46 ID zn1b7t+T 技もへったくれもない。にもかかわらず、才人はよろよろと後退した。 単純な膂力はそれだけで厄介だった。必死に受けながら舌打ちする。 (この野郎、一撃がやたら重いぞ) その一撃が、風を巻いて連続している。 耐えかねて、床に転がって逃げる。アンリエッタの悲鳴が聞こえたような気がした。 幸いなことに敵の追撃をうまくかわし、床を蹴って立ち上がることができた……が、間をおかず斬撃の嵐が突進してくる。 『背と体重がある相手に、正面からぶつかるんじゃねえよ。攻撃はなるべく受けるな、流すかかわせ』 デルフリンガーが口を利いた。 そういうことはもっと早く言え、と内心で毒づく。口を開く余裕が全くなかった。 手首をひるがえしてどうにか右からの一撃を食い止め、弾き返す。できた隙を利用してとびすさり、敵の作りだす無敵圏から離れた。 才人は無我夢中で、アニエスに叩きこまれたとおり足を動かした。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ ゆれる蝋燭の火に照らされた大広間。アンリエッタの面前で、鋼のダンスが続いている。 蒼白になってそれを見守ることしか出来なかった。それは自分だけではなく、意外なことに〈鉤犬〉も動けないようだった。 〈ねずみ〉の猛烈に回転する刀の勢いに、近寄ることもかなわない。 三日月刀に付着していた血が飛びちり、アンリエッタの顔までわずかに飛んできた。 拭きとることさえ忘れて、アンリエッタは見ていた。 三日月刀の苛烈さに対し、一方の才人は決して足をとめない。大剣を持つわりに敏捷に、ステップして横へ、横へ、横へと動き、常に巨体の側面にまわりこみ、剣先をむける。 二人はぐるぐると位置をかえ、ときおり火花がちる勢いで鋼を噛みあわせていた。 視界の端で〈鉤犬〉が動いた。はっと我にかえってアンリエッタは肘掛け椅子の後ろにまわった。手を出せなくても最低限、人質になるわけにはいかない。 〈鉤犬〉の顔からは笑みが消えていた。この男は〈ねずみ〉の勝ちを確信できなくなっている、とアンリエッタは気づいた。 (敵の男は強いけれど、サイト殿はぜんぶ防いでいるもの) 21 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 44 40 ID zn1b7t+T 広間の闘いは、まだ一見して〈ねずみ〉が猛烈な攻勢で押しているように見えた。 しかし、その男からは最初の勢いが薄れてきたように見えた。少しずつ汗が流れ、呼吸が多くなり、三日月刀が遅くなっていく。 くらべて、才人のほうはまだ衰えが来ていなかった。 彼は最初から汗みずくだったし、呼吸も〈ねずみ〉同様速かった……だがその速さは一定だった。彼は〈ねずみ〉より若く、より敏捷で、武器がより長かった。 (あの男は疲れてきた、そしてサイト殿はどんどん迅くなっているわ) 〈ねずみ〉はおそらく、これまでそうだったように、数合で相手を殺せるつもりだったのだろう。序盤からあまりに激しく動きすぎた。ついに彼は手をとめ、荒い呼吸をととのえようとてか、一歩ひいた。 その瞬間に才人が踏みこみ、叫びながら打ちかかりだした。脚を狙い、腕を狙い、三日月刀を持つ手首を狙って。 一瞬で攻守が逆転したのは、誰の目にも明らかだった。 弧をかいて払われたデルフリンガーが〈ねずみ〉の腕を浅く傷つけ、血を流させていた……大男は後ろにさがり、広間の椅子につまずいて体勢をくずし、よろめいてさらに後退した。 転がる椅子をとびこえて打ちかかった才人の剣を、どうにかという形で三日月刀が防ぐ。一瞬、少年の肩越しにアンリエッタと〈ねずみ〉の視線が交錯した。 その小さな目にいまや浮かんでいる、恐怖の色をアンリエッタは見てとった……が、女王を見たとき、かわって瞬時にその目に、狡猾な光が宿った。 「アンリエッタアア!」 〈ねずみ〉は大喝し、三日月刀をふりかぶり、肘掛け椅子の後ろにいるアンリエッタめがけて投擲した。 才人はよく反応したといえたろう。腕をとっさに伸ばし、デルフリンガーの剣先で、刀を宙で叩きおとした。 それと同時に、武器を捨てた〈ねずみ〉の巨体が才人にぶつかり、二人は音をたてて床に転倒した。 体重でまさる〈ねずみ〉が才人にのしかかり、剣を持つ手をおさえ、柄をかたくにぎる左手の指を一本一本ひきはがそうとする。ポキッと乾いたいやな音が響き、苦痛の声を才人があげた。 息を呑み、〈鉤犬〉のことも忘れて駆け寄ろうとしたアンリエッタの面前で、意外な形で決着がついた。 「ヴェルダンデ、かかれ!」 大広間の戸口から、茶色い獣が飛びこんでくると、才人をおさえこんでいた〈ねずみ〉の脚に思いきり長い前歯をつきたてた。今度の苦痛の叫びは、〈ねずみ〉のものだった。 その後から走りこんできた少年が、手にしていたワイン瓶を、巨大モグラを引き離そうとしている大男の頭にぶつけた。 瓶が砕け、〈ねずみ〉が昏倒する。ほうほうの態でその下からはいだした才人が、痛みに顔をゆがめながら文句をつけた。 「ギーシュ……お前、おせえよ」 「きみが敵の目を考えず突っぱしるからだろうがね! わき目もふらず地下道にまっすぐとびこむから、こっちは気づいて集まってきた数人の敵兵と乱闘に……!」 22 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 45 19 ID zn1b7t+T 「サイト殿、ギーシュ殿!」 ぎゃあぎゃあと騒いでいる二人のもとに、アンリエッタは今度こそ駆け寄った。何かをたずねなければならないのに、胸がつまってうまく言葉がでてこない。 ギーシュがさっと膝をついた。彼の手にも、才人と同じように血のにじんだ包帯が巻かれている。 「へ、陛下! 命令に背いたこと、それに遅参しましたことは万死に……」 「あとにしろって。まだ敵はいる」 左手の折られた指をおさえて立ち上がりながら、才人がさえぎる。そう言われてアンリエッタは気づき、波うっていた心をしずめて周囲を見た。 「〈鉤犬〉という男がいなくなっています……あなた、見ましたか?」 広間の隅で震えていた侍女に質問する。「た、たった今出て行きました」とその侍女が答えた。 「逃げたか。抜け道を使ってかな? ギーシュ、あの抜け道は今こっちにとって安全か?」 「わからん。正直、ぼくも森の地下道出入り口での乱闘を最後まで見届けず、地下道にとびこんだんだ。ヴェルダンデは途中にいたので連れてきた」 「出てみたら敵に囲まれてましたって寒い事態は避けたいな。では、まずアニエスさんのところに行こう。状況が変わったと伝えなきゃ」 そう才人が締める。その腕をアンリエッタがつかんだ。 「状況とはいったいどういうことなのですか?」と訊くつもりだった。 そのはずだったのに、別の言葉が自然とすべり出た。 「なんで……なんで、来てくれたの?」 才人はおもいきりうろたえた顔をした。 指の痛みも忘れたようにきょときょとと視線をさまよわせ、それから「い、いまは時間がないからあとで」とか言って逃げた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 壁の一箇所が、ついに粉砕された。 どうにか一人がくぐりぬけられる程度の狭いはざまだが、たちまち敵が集中してくる。壁の傷口をふさごうと周囲の防備兵たちが集まり、押し合うような混戦となる。 時をさほど置かず、壁の数箇所がさらに丸太で突きくずされる。 銃士隊がかけつける余裕はなかった。怒涛の勢いで壁のあちこちから敵が乗り越えようとしており、すでに何人かが庭におりたって武器をふりまわし、近衛兵士たちと戦闘に入っていた。 23 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 45 51 ID zn1b7t+T (もう対応が追いつかない。一定以上の数に侵入されて、壁にまで人員を振り向ける余裕がない。いまや壁はないも同然だ) アニエスはほぞを噛んだ。 彼女がけっしておちいるまいとしてきた最悪の状況が、目の前にあった。 駄目押しのように、門が――必死で支えてきた鉄格子の門が、丸太の破城槌で錠ごと壊され、ついに倒された。 敵兵が銃士隊と剣戟を交わしながらどっと乱入し、庭中に弩の矢が飛びはじめた。 それだけでなく、門の向こうの小道から、三十名ほどの騎馬の一団まで駆けてくる。 (敗れた。あとは、この庭で徹底して抵抗し、混乱の中で陛下を逃がすことに望みをかけるしかない) 最期の時だな、と覚悟を決める。 この場にいない才人やギーシュが恨めしくなる。特に才人がいれば、あいつの剣が多少は戦力の足しになったのに。いや、彼らがおびえて戦わなかったなどとは思っていない。 途中から来た館の主から、簡単に聞いてもいた。彼らはラ・ヴァリエール殿と枢機卿を逃がすという命を陛下から受けたらしい。 それでも、やはり「陛下を置いていったのか」と愚痴を言いたくなる。 アンリエッタに、逃げなければなりませんと告げるために馬に飛び乗り、館の玄関まではしらせる。扉に手をかけて――開かないことに愕然とした。 (な、なぜ鍵がかかっているのだ!?) あわてたとき、鍵をはずす音がして内側から扉が開かれた。 予想外の顔が現れる。 「あ、アニエスさん」 「サイト!? ギーシュ殿まで、脱出したのではなかったか!?」 彼らの後ろからアンリエッタが顔を出し、感極まった様子で何かを言おうとした。 その前に、今夜新たに聞く種類の音がひびいた。 アニエスはぽかんとして振りかえる。 (この音は……ラッパ? そうだ、ラッパが鳴っている) 角笛でもなく、ドラでもない。突撃ラッパが鳴っていた。 彼女の目前の庭で、信じがたい展開が起こっていた。 小道を駆け上って門から入ってきた騎馬隊が、壁を突破したばかりの敵兵に襲いかかっていた。弩の矢を放ち、馬で突っこんでふみにじる。 24 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 46 27 ID zn1b7t+T 「……援軍?」 呆然としながらアニエスは、確認するようにおそるおそる口に出す。 才人の苦笑気味な声が、「ちょっと違いますけどね……」と後ろから答えた。 状況はすぐに明らかになった。背後から突っこまれた敵の悲鳴まじりの叫びが、ラッパの音に混じって響きわたった。 「裏切り、裏切りだ! ロマリアの騎馬傭兵隊が裏切った!」 しばし無言の後、アニエスは才人とギーシュの顔を見た。なぜかさっと視線をそらす二人に問いかける。 「お前たちがやったのか?」 「ああ……うん……どちらかといえばサイトが」 「いやギーシュが」 「どっちでもいい。とにかく大した手柄だ」 らしくなく譲り合う二人を、手放しで褒めた瞬間、背後から飛んできた流れ矢が玄関から数メイル横に突き立った。それをちらと見て、アニエスはアンリエッタに声をかけた。 「陛下、ここは危険です。混乱の中でもあなたは格好の標的です。どうか脱出を。 おいサイト、街道は安全なんだな?」 「ええ、街道を張ってた傭兵隊が丸ごと寝返りましたし」 「結構だ。馬三頭持っていけ、陛下を無事にここから離せ。わたしは近衛隊をひきいて逃げ道を開き、その後はここで敵を食い止め、片づける」 「アニエス!」 「心配はいりません、陛下。背後からの攻撃によって敵は混乱しています。この機をのがさず近衛隊が、寝返った連中と挟撃すれば、さらに動揺するでしょう。 寝返ったのは三十名ほどの少数らしいですが、これで勝算が相当に高まりました。 勝って陛下のお褒めをいただくつもりなのですから、死にはしませんよ」 にやりとアニエスは笑ってみせた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ アンリエッタの馬を、騎馬の銃士隊が押しつつむようにして混乱を突破した。門を出るとアニエスが即座に反転し、女王の姿をみて追いすがってくる敵にぶつかる。 25 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 47 09 ID zn1b7t+T 「村へ行きましょう」 小道をくだり、三人で馬を走らせつつ、ギーシュが提案した。後ろ髪を引かれる思いで戦場となった庭を振り返りながら、アンリエッタは首肯する。 折れた左手の小指をかばってなんとか手綱をあやつりながら、才人がアンリエッタの頭ごしにギーシュに口を出す。 「おい、ヴェルダンデを背負って騎馬は変じゃないか」 「離れたがらないんだ。置いていけというのかね!?」 「いや、まあそりゃ、俺にとっても恩人だけどよ……」 両脇を並んで駆ける二人の、微妙に緊張感に欠ける会話を聞きながら、アンリエッタは考えをめぐらせた。 ポーションは効いたし、ギーシュの使い魔は使役できた。ただ、それはいずれも魔法の発動はすでに終わり、そこに内在するものだった。才人のルーンだって消えてはいない。 一方で、使えなくなったガンダールヴの能力にしろメイジの魔法にしろ、その場において〈発現〉するものなのだ。 (この身の内側にちゃんと、魔力は高まる。放てないのではなく、それが放った瞬間に打ち消されているような) これから調べなければならないことが、山ほどできた。誰がこのようなことを画策したのかも。なぜ自分を狙ったのかも。 いかに共和主義者でも、王権が憎いという理由だけでこのような暴挙に出るとは思えなかった。 〈ねずみ〉に斬り殺された老侍女を思いだして歯噛みする。 (今夜のこと、けっして捨ててはおけないわ) トリステインの王権に対する挑戦を受けとった。今度こそはためらわない。 そう決意したとき街道に出た。 気のゆるみがあった――戦場はすでに後方、ここで待ち伏せがあるとは予想外だったのだ。 街道と交錯する小道、その両脇の森の中から、いきなり馬群が飛び出してきた。 闇に融けているような黒衣の七人組。昼間の一団。火のメイジたち。 〈山羊〉という首領が、アンリエッタにもっとも近い位置にいた。目の前に飛びだされ。思わず手綱をしぼって馬を急停止させたアンリエッタの前で、剣光が月明かりを反射した。 女王が串刺しにされる前に、並走していた才人が乗っていた馬をとっさに〈山羊〉にぶつけた。 叫び声とともに馬が横だおしになり、〈山羊〉と才人が地面に投げだされた。 ぶつけた側の才人のほうが、落馬の衝撃を前もって覚悟できたのだろう。擦り傷を顔に作りながら、彼はすぐさまはねおきた。 アンリエッタはとっさにあぶみを踏みしめ、地面の才人に手をのべた。 「乗って――早く!」 ぐずぐずすると包囲される。才人の判断も早かった。指が折れていない右手でアンリエッタの手をつかみ、引き上げられる力を利用して身軽に後ろに飛び乗る。 26 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 48 17 ID zn1b7t+T 「村のほうは駄目です! 街道のあちらへ」 ギーシュがさけぶ。黒衣たちは周囲を半包囲し、逃げ道をふさいでいた。アンリエッタはうなずき、馬首を九十度めぐらせて敵のいないほうを通りぬけ、街道を疾駆しはじめた。 才人に「しっかりつかまってくださいまし」と言っておく。腕がぎゅっと体の前にまわされ、汗の混じった少年のにおいが鼻腔にとどいたが、さすがに赤面する余裕はない。 背後で起き上がったらしき〈山羊〉の怒鳴り声が聞こえた。駆けながら後ろを見ると、距離があいてはいたが追ってきている。 二つの月の下、モグラを背負ったギーシュの馬と並び、飛ぶように駆けさせる。二頭の馬の後ろから、七つの騎影が追ってくる。 ひたすらに走り続ける。気がつけば、東の空がかすかに白みはじめていた。朝が近い。 (今は北に向かっているのね、ラ・ヴァリエール領方面に) 「あいつら、飛び道具を持っていないようだ」 それだけは助かった、と才人が密着したままつぶやいた。アンリエッタは硬い声でこたえた。 「けれどたぶん、このままでは追いつかれます」 一人が一頭に乗っている七人組と比べ、こちらは馬の負担が大きい。追いつかれたら、まともな勝負になりそうもない。メイジでありながら、彼らは剣を使うのだ。 「サイト殿、もし止まって戦うとなれば、どうなるでしょう?」 「みんな死にます」 即答だった。彼はアニエスの薫陶を受けてか、戦力差についてはかなり冷静に見られるようになったらしい。 「三対七という時点で望み薄ですが、加えて姫さまとギーシュはいわゆるまっとうなメイジで、武器をまともに扱えません。そもそも丸腰ですし。 まともに打ち合える俺は左の小指を折られてます。ガンダールヴの力が出てるときなら、右手一本でもなんとか扱えるんですが、本来デルフって両手で持つ剣なので……」 「ではやはり、このまま逃げるしかありませんわね」 「……魔法が使える状況にさえなれば、姫さまの水魔法で怪我を治してもらえるし、俺のガンダールヴとしての力も発揮できるのに」 ギーシュがニメイルほどあけた横に馬をならばせて、駆けながら叫ぶように口をさしはさむ。 「サイト、昼間見たと思うが連中は火系統のメイジだ。それも、かなり強力な。魔法が使えたところで、われわれは勝てるのか!?」 「正直、危ないと思う、でも今よりは格段にましさ!」 彼らの大声での会話を聞きながら、アンリエッタは思考をめぐらせた。 (この魔法を使えないという現象は、永続するとは思えない。あの男たちも魔法は使えなくなってるようだもの……つまり、この状態は解けるはずだわ。 でも、どんな要素で? 時間がたてば解けるのか、範囲が決まっていてそこから出れば解けるのか。どちらにしても、このまま駆け続けるしか……) 27 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 48 49 ID zn1b7t+T 「陛下!」 ギーシュの絶叫が届いた。直後、後ろから火球が連続して飛んできた。 (魔法!?) 馬首をわずかに横に向け、進路変更する。一弾目と二弾目の火球は外れ、三弾めはそれより近くを通った。 四弾目はかわせない、と思ったとき、後ろからしがみついていた才人が「手綱! 放して!」と叫んだ。 考える余裕もなく言われるまま手綱を手放す。 アンリエッタの体にまわされていた才人の手にぐっと力がこもり、次の瞬間には体をかかえられたまま、走る馬から飛び降りていた。四弾目の火球が馬に命中し、哀れな獣が横倒しになる。 さらに五弾目が飛んできたが、左手でアンリエッタをかかえたまま才人がデルフリンガーを右手で抜き、それを吸収する。 あらためてアンリエッタの体を軽々と抱き上げ、ギーシュの馬を追って才人は走り出した。馬に並ぶほど速い。ガンダールヴの能力だった。 「サイト、そりゃきみのいつもの……お、こっちも魔法使えるぞ!」 ギーシュが歓喜の声をあげ、取り出した杖をふって石つぶてを背後に飛ばした。 「……ギーシュ、街道をはずれよう、とにかく足をとめるな、囲まれて魔法ぶっ放されるのはごめんこうむる! ……痛ぇ……」 指が痛いのか、走りながら才人は涙目になっている。 その腕の中で、アンリエッタの思考に何かがよぎった。 重要なことのように思われ、必死にそれを捕まえようとする。 火のメイジたち。彼らに追われる自分。 この国。地形。地図、館で見た地図。 ここは街道、あの領地からやや北上し、ラ・ヴァリエール領へ近づく道。 平原から山地に入り、谷間を縫うように…… あっと声をあげ、「サイト殿!」と呼んだ。街道から横とびに野原に入っていた才人が「え、なんすか」と風のように走りながら訊いてくる。その耳にささやいた。 才人はろくに考えなかったのか、即座に「それでいきましょう」と太鼓判を押す。提案したアンリエッタのほうが心配になる。 「よ、よろしいのですか?」 「試さないよりましです、後がない。ギーシュ、東に馬をまわせ!」 28 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 50 07 ID zn1b7t+T 「東だと!? あっちは山地になってる! 追い詰められるぞ!」 「そこを目指すんだよ! どのみち平原よりはましだ、背中を守れる!」 アザミ野を突っ切って並走しながら彼らは怒鳴りあう。アンリエッタは山地を見る。彼女が指示して、そこに行くよう頼んだのだった。うまくいけば、見つかるはずだった。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 馬を飛ばして追いながら、〈山羊〉は怒りに満ち、呪っていた。勝利の寸前で裏切ったロマリアの傭兵隊長を、彼を雇った自分自身を、いつのまにか消えていた〈鉤犬〉と〈ねずみ〉を。 とりわけ、ここまで手こずらせた女王とその臣下たちを。 あの傭兵隊が裏切ったと知ったとき、〈山羊〉たちは即座に逃げた――決断の早さは、これまでも自分の命を救ってきた。 女王が先に逃がされるはずだと読んで街道で待ちぶせし、それ以来夜が明けるまで追跡しつづけた。 (それももう終わりだ、もう追いつくぞ) 彼らは山地に逃げこんだ。少し時間はかかるだろうが、七匹の猟犬は確実に獲物を噛み裂けるだろう。木々の中での追跡は心得がある。 その時は、わりあい早くに来た。 〈山羊〉たち七名が馬から降り、そこに踏みこんだとき、女王は黒髪の少年騎士の治療をしているところだった。 追っ手が来たことに気づき、少年は剣を構えて女王の前にたちふさがった。 〈山羊〉はせせら笑った。 (なにも、こんな自ら袋のねずみになるような場所に迷いこまなくてもよかろうに。 狭い場所なら、多少は数の不利が消えるという腹づもりか?) その場所は木々がひらけ、地面が陥没して十メイル四方ほどのくぼ地になっていた。乾いた泥が地面を覆い、よどんだ小さな水たまりがあった。 高さ数メイルの崖が彼らの後ろにそびえており、その下部には穴が開いている。 剣をかまえているのとは別の、金髪の少年が、はらはらした顔で穴をのぞきこんでいる。 昨日の昼のように慇懃に頭をさげ、〈山羊〉は女王に話しかけた。 「チェックメイトとまいりましょうか。結局われわれの勝ちですよ、アンリエッタ陛下」 黒髪の少年があせった顔で背後に向き、おいギーシュ、ヴェルダンデはまだか! などと呼びかけている。 少年の肩越しに女王がまっすぐ面を向けてきて、凛然とした声を発した。 「そうですか? あなたがたの兵は壊滅したと思いますわ、おそらく。あなたは部下たちを平然と捨てるのですね」 29 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 50 44 ID zn1b7t+T 「今夜のこれはチェスだったのですよ、陛下。わたしにとってあいつらは、用意した駒にすぎません――あなたというキング、この場合はクイーンですが、それを取るための駒です。 何人死のうと、何人捕らわれようと、何人が裏切って何人が逃げようと、そこは問題ではないのです、目的さえ達することができればね。 陛下という貴重な駒を奪いあうゲームで、あなたを手にすればこのゲームは一撃でかたがつくものでした。それでは、幕を引かせていただきましょう」 〈山羊〉は杖を抜き、前に歩き出した。 その歩きが、ふと止まる。 (何だ……?) 地面が、かすかに震えた。ヴェルダンデ! とはしゃいだ調子で、金髪の少年が穴をのぞいて歓声をあげている。 それから――水が来た。 泥水が、穴からすさまじい量と勢いで噴きだした。茶色い獣が最初の水に乗って吐き出される。水は穴の前に立っていた黒髪の少年と女王の脚をすくって転倒させ、押し流した。 たちまち穴の口が、噴きだす水で広がりだす。穴の周囲の土や石がぼろぼろと欠け、なおも広がっていく。 金髪の少年がいまや引きつった笑みでそれを見ていた。どれだけの水圧がかかっているのか、圧倒的な勢いの水が、文字通りの狂乱怒濤となってくぼ地に流れこんでくる。 固まっている〈山羊〉たちの前で、崖そのものが崩れ、土と水とが渾然となっていっせいに落ちてきた。 ……時間にして十数秒後。 〈山羊〉は表情をゆがめ、ずぶ濡れになった黒衣をふって水を飛ばした。ほかの六人もうんざりしたように顔をしかめている。 冷たい水がくぼ地に、膝の下くらいまで貯まっていた。 離れたところで水音がした。 少女が左手で肩を抱くようにして水から起き上がってくる。白のドレスは、水にぬれて優美な肢体にぴったりとはりついていた。水が髪からしたたる。 朝の曙光を受けながら、女王は水面のように静かな目で、〈山羊〉を見すえた。 「このような小規模なダムが、この一帯には数多いのです。平野にそそぎこむ水の量を管理するための」 アンリエッタの言葉を聞いても、〈山羊〉はなぜかうまく頭が働かなかった。まるで、思考が気づくことを忌避するように。ぼんやりと認識する。 (この崖の上はため池だ、その底近くに穴を開けたのか……) 「トリステインは水の国【11巻】。この国の女王であるわたくしの系統もまた『水』です」 〈山羊〉は足元を見た。膝までの水。突然、おぞ気が走った。 (ここはため池の水があふれたときの『受け皿』のような場所だ。誘いこまれた) 自分たち火系統を得意とするメイジにとって、大量の水の中で水系統メイジと戦うことほど悪夢に近いものはなかった。 そして、悪夢に取り巻かれていた。 30 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 52 11 ID zn1b7t+T 水から上がれ、と仲間に向けて絶叫しようとした〈山羊〉の近くで、ゆっくりと黒髪の少年が水底から身を起こした。 女王が右手の杖をふると、その少年は水の鎧で覆われていく。 手に大剣をもち、無造作に少年は〈山羊〉たちに向けて歩いてきた。 〈山羊〉ほか数名があがくように杖をふり、火球を少年に飛ばす――が、水の壁がその前に盛りあがってさまたげ、奇跡的にそれを避けた火球はあっさりと少年の剣に吸いこまれた。 〈山羊〉の目の前で、少年騎士が腰をねじって大剣を横にかまえ、「チェックメイト」とつぶやいてから、体ごと剣を回転させた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 〈山羊〉をはじめ四人がデルフリンガーの剣の平で頭を強打され、昏倒した。 残りの三人は逃げようとして、動く水に足をとられて倒れ、けっきょく武装解除に応じた。 男たちをその場で縛り、浅い池と化したくぼ地から押しあげておく。 ヴェルダンデを背負ったギーシュがくぼ地からあがり、「馬にくくりつけて参ります」と青銅のゴーレム(ワルキューレ)を呼び出して男たちを抱えさせ、運んでいった。 アンリエッタはそれを見送る。 そばでは才人がへたへたと水の中に座りこみ、「つっかれたぁ……」と情けない声を漏らしていた。くすっと笑い、それから真顔になってアンリエッタはつぶやいた。 「ええ、疲れる夜でした。誰にとっても。 この呪わしい夜に死んだものも傷ついたものも、わたくしのためにそうなったのですね。 あの黒衣の首領が言ったように、彼らはわたくしを狙ってこのような『チェス』を演出したのですから」 「……姫さま。あのさ」 「わかっています、サイト殿……罪悪感にとらわれすぎて判断を狂わせるのも、君主としては不適格だと気づいてはいるのです」 「それだけじゃないですよ」 才人は冷たい水に尻をついて座りこんだままで、アンリエッタをたしなめるように首をふった。 「姫さま、自分が死んでもいいと思ってたでしょうが。王家の誇りとやらのために、ルイズたちを振り切ってでも。そりゃ俺だって今じゃ、貴族の誇りなんてわかんねとは言えないですが。 でも、ルイズや枢機卿さまやアニエスさんが姫さまを守ろうとしたのは、主君だからってだけじゃないんです。女王だから大事ってのが全部じゃなかった。 今回、自分が女王だから狙われたって? そりゃどう考えても連中が悪いだけです。死んだり傷ついた人たちに、何も感じるなとは言いませんが」 アンリエッタは才人を見下ろした。そっとしゃがみこみ、彼の前に両膝をつく。 服が肌にはりつき、あらわになった体のラインにどぎまぎしたらしき才人が、「あ、その、マント」と黒いマントを差し出してきた。 礼を言ってそれを受けとり、まといながらアンリエッタは館での質問を繰り返した。 31 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 53 07 ID zn1b7t+T 「今度は答えてくださいまし。なぜ、来てくれたのですか?」 才人の目が露骨に泳いだ。冷たい水の中に座り込んでいるのに、額に汗がふきだしている。アンリエッタはたたみかけるように尋ねる。 「あなたは王家の騎士ではない、だから王家に尽くす義務はありません……そう、わたくしは言いました。あなたもルイズにそう言ったのではないですか? 自分は女王の臣下ではないと」 「あー……まあ、いやね……さっきも言っただろほら、ほかの人が姫さまのために戦ったのは、姫さまが女王だからってだけじゃない、ってさ。俺だってそりゃ同じわけで」 「つまり、どういうことでしょうか?」 顔を寄せて真剣に問い詰める。才人は目の前でなにやら必死に、言ってもまずくない言葉を考えているようだったが、ようやく言葉を選べたらしく言った。 「ほら、王家の騎士じゃなくても一応騎士の誓いをしましたし。騎士ってのは、レディを守らなきゃならないもんでしょ? あの、姫さま、ちょっと近いんでは……」 「つまり、『女王』ではなく『レディ』を助けに来てくれた、ということでしょうか……?」 彼の顔をのぞきこむような体勢。互いの息がかかる。 信じられないくらい熱く、どこか暗くて秘めやかな火が胸に燃える。 この夜の最後くらいは、女王でなくてもいいと思う。ルイズのことが頭をよぎったが、胸の高鳴りにもうどうしようもなく思考が塗りつぶされていく。 アンリエッタの持つ、一種の狂気のような衝動。何もかも忘れさせてしまう衝動がこのとき体を走りぬけ、気がつくと彼の唇に軽く口づけていた。 重ねただけの唇を離して、アンリエッタは自分のものと思えないほど熱っぽい、湿った声で至近からささやく。 「レディとしての、お礼ですから……」 困惑とやっちまったよ感と、わずかにアンリエッタと同じ熱情を見せている才人の顔を、両側から手でそっとはさみ、目を閉じてもう一度確認するように口づけた。 一回目より多少長いキスの後、唇を離した。 「……あーもう、ちくしょう」と才人が、何かに負けたように絶望に満ちた声をもらし、アンリエッタの腰に手をまわして抱き寄せ、三度目のキスを自分からした。 アンリエッタは待っていたように、力をぬいて彼の腕の中におさまり、口づけに応える。熱をはらんで胸が高鳴る。 けっきょく二人は、ギーシュが戻ってくる寸前まで、朝日を浴びながら水の中に座りこんでキスに夢中になっていた。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ その、ちょっと前。 朝の光をあびる館。治療士たちがとびまわるように負傷者を癒している。 戦闘が終了した庭で、戦闘の事後処理をしながら、アニエスはロマリアの傭兵隊長という輩と会話していた。 夜の戦いは、近衛兵側が勝利した。それにはこの騎馬傭兵隊の寝返りが大きい。 彼らは壁が突破されるまで戦闘に参加せず、斥候役だったのだが、いきなり王軍側にたって参戦したのである。 メイジたちの魔法が戻ってからは、一瞬で決着がついたが、それまでに敵はすでに半ば蹴散らされていた。 事態を知って急きょ援軍に駆けつけた近隣の領主の兵までいるが、もう戦では用なしと知って落胆したらしく、逃げた残党狩りに精力をそそぎこんでいる。 32 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 54 32 ID zn1b7t+T 「つまり、貴様は〈山羊〉と呼ばれる者に雇われただけで、その〈山羊〉もまた誰かに雇われただけだと言うんだな?」 「そんなところだ。おれについては、実際には雇われたかというと微妙だね。前金貰ったのは前に隊長だった男で、おれは金貰う前に女王陛下に味方したからな」 「……傭兵隊の悪評はよく聞くが、とりあえずこれからも貴様らの同類は避けることにする」 「おい、ひでえなあ。誠意は見せたはずだぜ。うちの隊の者は終始、もっとも戦闘の激しいところで戦って、五人も死んだんだぞ」 「わかってる。正直、貴様らがいなければもたなかった」 「礼はいいから、女王陛下から恩賞がほしい」 にっこりと笑って人差し指と親指をこすり合わせるひげ面の傭兵隊長。 アニエスは呆れ気味に苦笑をもらした。あけすけすぎて怒る気になれない。 「最初は敵対するため集まったくせに。大逆罪は本来、共謀段階で死刑なんだが……ふざけた奴だ、まったく。 お前のようなやつは逆に憎みきれん。いいだろう、昨夜の連中がお前らにいくら約束したかしらんが、それ以上の額をはらってやる」 その保証に、傭兵隊長は待っていたとばかりに「いやあ、じゃこのくらいの請求で」と紙を差し出してきた。アニエスは受けとってそれを見る。 いかん疲れすぎている、と空を一度あおいでから見直す。 見直す。 ぶるぶると手が震えだした。目がコインでもはめられそうなほどまん丸に開いている。 「き……き……貴様、この額はなんだ……?」 常識外の数字が並んでいた。冗談抜きでトリステインの国家予算に食いこむ額が。 「いやあ、多かったかね? 〈山羊〉ってやつに保証された数字に、0を二つ付けたんだが」 もとの額でも、傭兵隊に払うには常軌を逸した額である。それが百倍。アニエスが傭兵隊長に、先ほど感じた好意が瞬時に跡形もなく吹き飛んだ。 「ふざけるな! 限度ってものがあるだろうが!」 「しかし、おたくの別の近衛隊長からは保証書をもらっている。 払わないなら別にいいぞ、『トリステイン王家は命を救われたのに値切りました、保証手形を反故にしました』って国内外に触れ回るだけだから。信用がた落ちだろうねえ」 33 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 55 47 ID zn1b7t+T 傭兵隊長がふところから、ぺらりと二枚の紙を出した。金額の後に人名、そして手形。 『ギーシュ・ド・グラモンこれを確約す』 『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールこれを確約す』 きっちり手形は血印であり、おそらく本物。 このまま地面にぶったおれて眠ることができればどれだけ楽かと思いつつ、アニエスはその水精霊騎士隊長と名門ラ・ヴァリエール家三女の手形が入った紙を穴が開くほど見つめた。 そのとき背後から、「アニエス! アニエス!」と聞き覚えのある声がした。 村から馬車を走らせてたった今駆けつけたらしきルイズが、アニエスの背中にとびついて涙声でがくがくとゆさぶる。 「姫さまは!? サイトは無事なの!? 朝起きたら村の民家で寝かされていて、わたしの手のひらが血まみれだったの、でも傷はついてないの! 何があったのかわかんないわよもう!」 半狂乱のルイズに、アニエスは振り返りもせず無言。かわりに傭兵隊長が再度にっこりして説明した。 「ああ、あの黒髪小僧が自分の手の皮をちょっと切って、あんたの手に血をなすりつけて代わりに押印しただけだから。ナイフはおれが貸した。 そうそう、おれだってただの守銭奴じゃない。条件次第で、金額から0を一個減らしてもいい」 「その……条件を言ってみろ……」 地獄の底からわきあがってくるようなアニエスの声にも動じず、傭兵隊長は満面の笑みである。 「トリステインの貴族の位をくれ。伝統と格式あるトリステイン貴族、素晴らしいね。 貴族に生まれただけでふんぞりかえる輩が大嫌いだったが、自分がなれるなら話は別だ。あの小僧も、おまえさんも平民から貴族コースなんだろ? それを聞いた瞬間思ったんだよ。『話のわかる女王陛下じゃねえか。そういう物分かりいい人は死なせるわけにゃいかねえな』って」 「き……貴様な、調子に乗ってると…… いや待て、頼むから待ってくれ、こういうことはわたしの一存ではなんとも……ふ、ふはは、あの小僧ども早く戻って来ないかなあ……ん?」 怒りに引きつっていたアニエスの顔がさっと青ざめた。振り向いてルイズに問う。 「陛下やサイト達は村にいないのか?」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 男たちを縛って二人ずつなどで乗せた馬が四頭。 「……しまった。縛ったはいいが、どのみち人手がないと馬をひけないなあ」 ギーシュがうなっている。結局さるぐつわを噛まして森中に放置しておき、戻ってから誰かをすみやかに派遣しようということに話が決まりかけたとき。 34 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 56 17 ID zn1b7t+T 「あら、竜が」 才人のマントを濡れた服の上にまとったアンリエッタが、空を指さした。なんだか見覚えのある白い竜が空に舞っている。 才人は目をほそめた。いやな予感がする。それはいきなり的中した。その竜の背に、桃色の髪が見える。ついでに青い髪。 やがて、近隣を捜索していたのが合図をうけたのか、数匹が次々と集まりだした。 その場で待つ三人の前に、風とともに彼らは降り立ち、その背から人間が降りてきた。不気味な笑みを浮かべたアニエスの姿まで見つけ、才人は心底からブルった。 なぜ来ているのか、タバサのシルフィード。その背に乗っていたルイズが降り立つ。 彼女の姿を見ると、先ほどのアンリエッタとのキスを思い返して、どうにもいたたまれなくなる。アンリエッタも同様なのか、もじもじとマントを閉じあわせたりしていた。 アニエスはすたすたと歩いてきてさっとアンリエッタの前にひざまずいた。 心のこもった「陛下、無事でようございました」「それは、あなたこそ」という短いやり取りの後、戦勝の報告がつづいた。アンリエッタからも、〈山羊〉たちを捕縛してある旨が伝えられる。 馬にくくりつけられた男たちをみて、アニエスがうなずいた。 「即座に銃士隊を連れてきてこいつらを引っ立て……と言いたいところですが、今回ばかりは隊員も疲労の極みに達しているため、ほかの領地から派遣された兵にまかせることをお許しください。 この竜も、大貴族の領地からつかわされたものでございます。陛下の無事をこの目で見んがため、竜騎士の背につかまらせてもらいました」 アンリエッタにそれだけ言うと、戦の後で疲労困憊しているはずの銃士隊長は、ずかずかと歩いてギーシュの首をひっつかんだ。人食い鮫をほうふつとさせる笑みを浮かべる。 「ギーシュ殿、ちょっとお話があるのだが、よろしいか?」 「な、なにかな? うわちょっと、ぼくをどこへ連れて行っ……! 待ってくれ、サイトは!? 彼だって同罪だ!」 「なにを不思議なことをおっしゃる。あの大手柄がなくば、われわれは死んでいたのですからな。罪に問えるわけもないでしょう……しかしおさまらないのでちょっと顔を貸せ。 サイトは……とりあえずラ・ヴァリエール殿に任せるとする」 ちらりと才人に目をむけて、アニエスはギーシュを草むらに引っ立てていった。 才人は思う。たぶん今これからが、自分の正念場。〈ねずみ〉や七人のメイジを相手にしたときより、よほど怖い。 目の前では、ルイズがアンリエッタの前にひざまずき、アニエスと同じように無事をことほいでいた。事務的な淡々とした言葉。 臣下としての言葉を一通り述べると、ルイズは立ってアンリエッタを見つめた。その硬い表情に、アンリエッタも緊張しているようだった。 それから――いきなりルイズは、アンリエッタの頬を打った。 才人はぎょっとする。叩かれたアンリエッタのほうも、目を白黒させて頬をおさえた。驚いている女王に、次の瞬間ルイズは抱きついた。切れ切れに泣くような声。 「薬なんか……ひどい……よかった、姫さま、サイトも……無事でほんとうによかった……」 徐々にアンリエッタの目もうるんでいった。ルイズを抱きしめながら、「ごめんなさい」とささやく。 35 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 58 11 ID zn1b7t+T ひしと抱き合っている二人をほっとした目で見ながら、才人は横にならんできた青い髪の少女に話しかけた。 「タバサ、お前までいつのまに来たんだ。驚いたよ」 「……今朝駆けつけたばかり。巡幸している女王陛下に伝えようと思ったことがあって、近いところまで来ていた。 戦闘の知らせを朝一番に受け取った」 「伝えること?」 「『危険があるかもしれない』と。遅かったけど……魔法を使えなくなったのは本当?」 「ああ。ガンダールヴの力まで使えなくなった。ありゃ何なんだ?」 「〈解呪石(ディスペルストーン)〉。古い書物で見たことがある。砕けば微細な塵となり大気中に飛散して、大気中で発される魔法の力を片端から打ち消す」 「なんでそんなものを……タバサ、誰だ? そんなことをしたのは。お前はそれをどこで聞いた?」 「……だれが画策したのかは、わたしにも謎。 わたしはゲルマニアのキュルケの家に行っていた。そこで国境からトリステインに怪しい集団が流れこんでいる、そういう噂を耳にしただけ。でも、共和主義者かもしれないと聞いたから」 才人は考えようとして、やめた。怒りはつのるが、敵が何者かもわからず、外国から来ているのではすぐに動きようがない。どうせこれから調べ上げることになるだろう。 かたく抱き合っているアンリエッタとルイズを見る。 誰か知らないが、たいせつな人たちに手を出した報いはきっちり受けさせてやる。 その彼の目の前で、アンリエッタが涙をふきながら、抱き合ったままのルイズに笑いかけた。 「あなたにひっぱたかれたのは、幼いころを別にすればこれで二度目ね【9巻】」 「理由も一部は同じですわね」 さらっと返ってきたルイズの言葉に、石化したようにアンリエッタが固まった。 36 名前: 裏切りは赤〈下〉 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 15 59 30 ID zn1b7t+T 才人はなんのことかわからなかったが、先ほどのいやな予感が猛烈に膨れあがって帰ってきたのを感じ、われ知らず冷や汗を流した。 横でタバサが、なんでもないことのようにつぶやいた。 「……じつは、あなたたちが気づく前からシルフィードで見つけていた」 え? いつから? ……そういえばルイズはシルフィードに乗せてもらっていたような。 「具体的には、あなたと女王陛下が池でしたことを見ていた」 なるほど。たしかにあの時は夢中になっていて、他が見えていなかった。 才人はそろそろとこの場から遠ざかろうとする。と、固まったままのアンリエッタの首に抱きついているルイズから、ドスのきいた声が発せられた。 「ねえ犬。どこへ行く気かしら」 ルイズが深呼吸すると、アンリエッタの肩をつかんで、女王の顔を真剣な表情でのぞきこんだ。 「姫さま、率直に答えてください。わたしを友人と思ってくれるなら、本心をおっしゃってください。以前にもした質問です。 ――本気に、なったのですか?」 大いにアンリエッタはうろたえていた。目を閉じ、開き、おろおろと視線をさまよわせる。その視線が才人の顔の上にとまる。しばし見つめた後ややあって、彼女は目を伏せた。 その頬が赤らんでいる。 彼女はためらいを見せた後、ごめんなさい、とつぶやいてからルイズに答えた。 「――だと、思います……」 その答えを聞いて、才人の顔まで熱くなった。もっとも、すーはーと怒気のこもった息を吸い吐きしながら、ルイズが視線で『あとで殺すわ』と語ってきたため、すぐに顔は青ざめたが。 ルイズは「ふふ、いいですわ」と震えながらかろうじて笑みを作った。 自信がなく、うろたえるばかりだった昔のルイズではないのである。精神的な成長は小さくはない。 「姫さま、わたしもいまさらお譲りする気はありませんから。あのときとは逆に、こちらから言わせてもらいます」 笑みの構成は六割の怒り、三割の礼儀、一割の寛容である。 「再戦、ですわね?」